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銀座駅とは?



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香港の駅については「銀座駅 (香港)」をご覧ください。

銀座駅
A3番出入口と銀座和光(2019年5月5日撮影)
ぎんざ Ginza (松屋・三越前*)
銀座線 - 駅番号「G 09
  丸ノ内線 - 駅番号「M 16
  日比谷線 - 駅番号「H 09[注 1]
東京メトロ日比谷線は、終着駅である北千住駅より、東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)を経由して日光線南栗橋駅まで相互直通運転を実施している。
駅務管区所在駅であり、銀座駅務管区として銀座地域、新橋地域、東銀座地域を管理する。
銀座地域は、当駅のみを管理している[2]
歴史

 1934年昭和9年)3月3日:松屋と三越の資金提供を受け、東京地下鉄道(現・東京メトロ銀座線)の駅が開業。
 1941年(昭和16年)9月1日:東京地下鉄道が路線を帝都高速度交通営団(営団地下鉄)に譲渡。
 1945年(昭和20年)1月27日連合国軍機から投下された2000ポンド爆弾が直撃し、浅草方面行ホーム新橋側の天井の一部が瓦解。
加えて水道管破裂により日本橋駅 - 新橋駅間のトンネルが水没し被害区間以外での折り返し運転となった。
 1946年(昭和21年)1月:空襲を受けた区間の修復が完了し供用が再開された。
 1957年(昭和32年)12月15日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)丸ノ内線(現・東京メトロ丸ノ内線)の西銀座駅が開業。
銀座線銀座駅との乗り換え業務を開始。
 1964年(昭和39年)8月29日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)日比谷線(現・東京メトロ日比谷線)の駅が開業。
同時に丸ノ内線西銀座駅を銀座駅に改称し、銀座総合駅が誕生。
 1971年(昭和46年)7月1日:営団では初となる駅冷房を開始(日本橋駅と同時)[3][注 2]
 1983年(昭和58年)4月1日:案内所を開設(日本橋駅と同時)[3]
 1993年平成5年)11月4日:継続定期券発売機を導入[4][注 3]
 2000年(平成12年)6月:「関東の駅百選」に選定される[5]
 2004年(平成16年)4月1日:帝都高速度交通営団(営団地下鉄)民営化に伴い、当駅は東京地下鉄(東京メトロ)に継承される[6]
同時に案内サインシステムを更新[注 4]
 2007年(平成19年)3月18日ICカードPASMO」の利用が可能となる[7]
 2008年(平成20年)3月23日:丸ノ内線ホームの可動式ホーム柵を稼働開始。
 2012年(平成24年)10月31日:銀座線ホームに発車メロディを導入[8]
 2016年(平成28年)4月8日:日比谷線ホームに発車メロディを導入[9][10]
 2020年令和2年)
 2月7日:日比谷線ホームの発車メロディの曲調を変更。
 6月6日東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅との乗り換え業務を開始[11]
駅構造

中央通り(銀座通り・国道15号)の地下に銀座線ホーム(⇒『地図』)、外堀通りの地下に丸ノ内線ホーム(⇒『地図』)、晴海通りの地下に日比谷線ホーム(⇒『地図』)がある。
いずれも島式ホーム1面2線の構造である。
銀座線と丸ノ内線には非常渡り線があり、このうち後者には終夜運転時に設定される同駅折り返し列車が使用する。
銀座線と丸ノ内線のホームは同一階層(地下2階)に、日比谷線のホームはそれらの1層下(地下3階)に位置している。
日比谷線ホームまたは地下2階(ホーム直上)にある改札内連絡通路を経由することで、3路線は改札内で乗り換えが可能である。
丸ノ内線のホームが建設された当時は、銀座線のホームとは改札内で接続されず、西銀座駅という別の駅として開業した。
後に日比谷線の銀座駅が開業し、日比谷線ホームを介して銀座線と接続されたため、この時丸ノ内線の駅も銀座駅に改称し、銀座線・日比谷線の銀座駅と同一駅の扱いになった。
日比谷線のホームは、戦前東京地下鉄道時代に新宿方面への路線の駅として建設されていたものを、同線の建設にあたって改築の上、供用したものである。
日比谷線のコンコース通路上に、東京地下鉄道の創業者・早川徳次胸像がある。
また、同じく日比谷線ホームの上層中央にはステンドグラス製の大型壁画が設置されている。
商業施設の「エチカ・フィット」も設けられている。
のりば
番線路線行先
銀座線・丸ノ内線ホーム(地下2階)
1 銀座線赤坂見附渋谷方面
2上野浅草方面
3 丸ノ内線新宿荻窪方面
4大手町池袋方面
日比谷線ホーム(地下3階)
5 日比谷線霞ケ関六本木中目黒方面
6上野北千住南栗橋方面

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