鉄道院基本形客車の解説頁です。 Weblio辞書辞典>辞書・百科事典>鉄道院基本形客車>鉄道院基本形客車の3ページ目

鉄道院基本形客車とは?




 4.2.16 二三等車
 4.2.17 三等車
 4.2.18 三等荷物車
 4.2.19 郵便荷物車
 4.2.20 荷物車
 5 脚注
 6 参考文献
概要

1906年から1907年にかけて順次実施された私設鉄道17社の国有化で1908年に帝国鉄道庁が設置されたが、設置時点で各社局から承継した客車約4,900両の内、ボギー車は2軸・3軸ボギー車を合わせても1,000両に満たず、4,000両近い小型の2軸・3軸車を早急に大型のボギー車で代替することが求められた。
ところが、鉄道庁設立時点では増備される客車について設計の統一が図られず、国有化前の設計そのままでの車両製造が各社から承継した各工場で続けられていた。
当然ながらこれは標準化による保守部品や取扱の統一という見地では好ましいものではなく、鉄道庁と鉄道局が統合され鉄道院が設置されるに当たり、新規に客車の標準設計を実施することが求められた。
そこで、これに応えるものとして「客車郵便車手荷物車工事仕様書」として客車製造についての統一基準が1910年8月に制定された[1]
この仕様書に従う形で、国有化後初の制式客車として計画・製造されたのが6810形を基幹形式とする本系列である。
その基本設計は鉄道作業局時代に直営の新橋工場が製造したボギー客車群[2]に多くを負っているが、ベルト駆動方式の車軸発電機で発電し、床下中央に吊り下げられた充電池に蓄電された電力を電源とする電灯を室内灯として標準採用するなど、国有化された私鉄各社や鉄道作業局で試行錯誤が繰り返されていた様々な新技術や構造も取捨選択の上でいくつか盛り込まれており、また、車体寸法についても従来より大型化が図られていた。
以後の国鉄客車の標準規格の多くがここで確定し輸送計画上の基準ともなったことから、これらは基本形客車と呼ばれた。
国鉄客車の基幹系列の一つとして、1940年代後半まで重用されていたが、1949年より製造が開始された国鉄60系客車の種車として利用されたため、以後は急速にその数を減じ、1950年代後半までにほぼ全車が廃車解体された。
注目の情報

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