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李 恩成(イ・ウンソン、男性、ハングル: 이은성、ラテン翻字: LEE Eun-sung、1936年 - 1988年1月30日[1])は、東京都出身で韓国脚本家小説家[脚注 1]

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 1 生涯
 2 作品
 2.1 脚本
 2.1.1 映画
 2.1.2 テレビドラマ
 3 脚注
 4 文献

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生涯

1936年、東京都内にて在日朝鮮人二世として誕生し、太平洋戦争終戦後に韓国に帰国した。
経済的に恵まれない生活に朝鮮戦争での混乱が重なり学業を続けられなくなったため小学校を3年次で中退、以後は独学で学んだ。
1967年、東亜日報新春文芸のシナリオ部門に当選。
1969年、映画『あなた』で第6回韓国演劇映画芸術大賞および第15回アジア太平洋映画祭脚本賞を受賞した。
1975年9月よりMBCで放送を開始したテレビドラマ『執念』で脚本を担当。李氏朝鮮中期に実在した医官許浚の生涯を描いたこの作品は第12回韓国演劇映画テレビ芸術大賞テレビ番組部門作品賞を受賞した[2]
翌1976年にはチェ・イニョン監督、イ・スンジェ主演で映画化され、第13回韓国演劇映画テレビ芸術大賞映画部門で脚本賞を受賞している。
友人である李珍燮の薦めで『執念』の脚本を小説化する事を決意[3]
1984年11月より、週刊誌『月曜健康』(後、『週刊釜山』と名称変更)に『東医宝鑑』のタイトルで連載を開始したが、1988年1月に心筋梗塞のため死去[3]
未完に終わった同作品は、1990年に出版された[4]

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作品
脚本

映画

タイトル原題備考
1967終電で来る客たち막차로 온 손님들
1968여/女
迷路미로
日蝕일식/日蝕
カール・マルクスの弟子たち칼맑스의 제자들/칼맑스의 弟子들
木々は坂に立つ나무들 비탈에 서다黄順元の小説の脚色
1969女に生まれて여자로 태어나서/女子로 태어나서
暗殺者암살자李御寧の小説の脚色
生命생명/生命
あなた당신田炳淳の小説の脚色第6回韓国演劇映画芸術大賞第15回アジア太平洋映画祭脚本賞受賞
1970怒り분노
父さん母さん長生きしてね아빠엄마 오래사세요
1971家を出た女집을 나온 여자/집을 나온 女子
1972この生命、もう一度이 생명 다시한번
1975太白山脈태백산맥
何故それをしたのか왜 그랬던가
불꽃鮮于煇の小説の脚色
1976執念집념/執念自身が脚本を担当したテレビドラマの映画化第13回韓国演劇映画芸術賞第16回大鐘賞映画祭第13回韓国演劇映画テレビ芸術大賞受賞
1978栗谷と申師任堂율곡과 신사임당
1979シムブァッタ심봤다
1980地鳴り땅울림
1988カムドン깜동

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