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上越国境とは?





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国境越えの歴史

詳細は各記事を参照
上越国境を超える道には主に清水峠ルート(群馬県利根郡みなかみ町 - 新潟県南魚沼市)と三国峠ルート(みなかみ町 - 新潟県南魚沼郡湯沢町)があり、上野国と越後国を最短で結ぶため、両者とも古来より利用されてきたが、急峻な地形に加え、夏の集中豪雨、冬の豪雪雪崩など土砂災害が多発する難所であった。
清水峠ルートには上杉謙信を始めとする越後の戦国大名上杉氏の行軍の際に使用された十五里尾根があり、謙信尾根とも呼ばれた。江戸時代には、三国峠ルートである三国街道が整備され、清水峠ルートは長年にわたって使われなくなった。
明治時代に入り清水峠ルートの距離の短さが注目され、1885年(明治18年)には馬車が通行可能な緩勾配の新道が整備された。
この新道は国道の指定を受けたが、その年のうちに豪雨や豪雪により馬車の通行が不能となった。
特に荒廃のひどかった新潟県側の区間にはその後、居坪坂と呼ばれる徒歩道が整備されたため、取って代わられ使われなくなった区間は放棄され、現在では道路の痕跡すらほとんど残っていない。
一方、群馬県側は徒歩のみではあるが現役の道である。
なお、1970年(昭和45年)に群馬県前橋市から新潟県柏崎市に至る国道291号が指定された際に、その放棄された区間がルートに組み込まれたが、依然として現在まで廃道同然となっている。
昭和時代に入ると、1931年(昭和6年)には清水峠付近(直下ではなく、少し離れた谷川岳付近)に鉄道上越線)の清水トンネル(9,702m、単線)が開通し、川端康成が越後湯沢を訪れるようになり、その経験をもとに『雪国』が執筆された。
その冒頭の「国境の長いトンネル」とは、開通したばかりの清水トンネルだとされる。
1957年(昭和32年)には三国峠の直下に車道(国道17号)の三国トンネル(1,218m)が開通し、初めて自動車で上越国境を越えられるようになった。
その後2009年11月現在まで上越国境を越える唯一の一般道となっている。
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