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タイガー・ジェット・シンとは?




目次

 1 概要
 2 来歴
 3 和製タイガー・ジェット・シン〜作られたヒール
 4 「襲撃事件」と「腕折り事件」
 5 人物
 6 得意技
 7 エピソード
 8 獲得タイトル
 9 来日歴
 10 タイトル戦歴・名勝負等
 11 脚注
 12 外部リンク
概要

タイガー・ジェット・シンのニックネームは「インドの猛虎(狂虎)」「狂える虎」。
息子のタイガー・アリ・シンもプロレスラーであり、WWEのリングでも活動した。
フェンシングサーベルを振りかざす姿で一世を風靡した悪役レスラー
しかし、ここぞという場面では正統派レスリングを見せ、アントニオ猪木らトップクラスのレスラーにも勝利している。
言動には独自の哲学を徹底して貫いており、多くの関係者から一目置かれる存在となっている。
日本国外や地元トロントではベビーフェイスとして活躍を続ける一方、プロレス以外の様々な事業を経営している。
プロレス業界のみならず、財界、政界とも繋がりがあり、北米インド人社会では最も著名な人物の一人である。
来歴
来日前(〜1973年)
1964年シンガポールでデビューし、その後カナダに渡ったという説があるが定かではない。
ジャイアント馬場のアメリカ修行時代の師匠で知られたフレッド・アトキンスに正統派レスリングを徹底的に叩き込まれ、1965年にトロントでデビュー(ここからのプロフィールははっきりしている)。
1966年には師匠のアトキンスとのタッグで同地区のインターナショナルタッグ王座を奪取する。
日本では全く無名の存在であったが、1967年6月にジョニー・バレンタインを破ってトロント地区のUSヘビー級王座を獲得すると、当時のトロント地区で完全にメインイベンターの地位を確立。
同年にはNWA世界王者ジン・キニスキーに1度、WWWF(現WWE)世界王者ブルーノ・サンマルチノに2度挑戦している。
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