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MC.202_(航空機)とは?
ウィキペディア目次へマッキ MC.202(イタリア語:Macchi M.C.202)は、第二次世界大戦期に使用されたイタリアの戦闘機である。
形式名のMCは「マッキ(メーカー)、カストルディ(設計者)」を示し、表記はMC.202のほかM.C.202、あるいは単にC.202など資料によりばらつきがある。
愛称は、「稲妻」を意味する「フォルゴーレ」(Folgore/ ['folgore])であった。目次
1 開発と生産
2 戦歴と改良
3 要目
└3.1 MC.202CB
4 参考文献
5 関連項目
6 外部リンク
MC.202の前身であるM.C.200サエッタは開戦時のイタリア空軍主力戦闘機として各方面に展開したが、500km/h程度の速度性能、軽武装、更には保守的なパイロット達が開放操縦席を要求したことなどが制約となり、潜在的に持っていた優れた設計を生かしきれない戦闘機となった。
部隊配属が開始された1939年時点で既にその性能の限界は見えていた。
この戦闘機が持つ本来の能力を引き出すには大馬力エンジンの搭載が不可欠であったが、イタリア国内にはそれに適したエンジンは無かった。
そこで白羽の矢が立ったのは、同盟国ドイツのダイムラー・ベンツ製DB.601エンジン(水冷倒立V型12気筒、1,100馬力)である。
前身のサエッタの設計も担当したマリオ・カストルディ技師は、早速このエンジンに合うよう機体を設計し直した。
極端なまでの視界要求に応えたサエッタの胴体の背の高さを低くし、胴体は60cmほど延長された。
また、この機の特徴として左の翼が右に比べ20cm長いことが挙げられるが、これは同機以外でも戦前からイタリア機でしばしば用いられた手法で、プロペラの回転方向に生じるトルクモーメントを打ち消すためのものであった。
原型機(シリアルM.M.445)はDB601Aエンジン(1175馬力)、ピアッジョP.1001可変ピッチ・定速プロペラを搭載し、1940年8月に初飛行した。
エンジン換装の効果は明らかで、速度は一気に600km/hクラスになり、高度18000フィート(約5500m)まで6分以内で、十分な運動性を維持したまま上昇可能であった。
空力的にみて妥当な改設計はこの戦闘機が持つ本来の力を引き出した。
空軍もこの戦闘機の優秀さに目を付け、即座に量産命令が出された。
原型機はヘッドレスト・フェアリング左右に後方視界確保用の窓を持っていたが、量産機では単にフェアリング左右に窪みを付ける形に簡略化され、また引き込み式だった尾輪も固定式となった。
生産は1941年5月からマッキ社で始まり、7月からはブレダ社、翌1942年5月からはSAIアンブロシーニも加わった。
ただ、搭載予定のDBエンジンがドイツ国内向けの生産で手一杯だったこともあり、その生産は当初、なかなか軌道に乗らなかった。
しかし1942年からはアルファ・ロメオ社がDBエンジンをRA1000RC41(1175馬力)としてライセンス生産を開始し、ようやく生産が軌道に乗った。
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