Weblio辞書辞典>辞書・百科事典>DDAC>DDACの4ページ目
DDACとは?
- 1968年10月21日 報道関係者に公開。東京モーターショーにもセダンとライトバンが参考出品。
- 1969年4月15日 ホンダ初の4ドアセダンとして5月下旬発売と記者発表。
モーターショー出品車と比較してリアエンドが伸ばされ、スタイリングの改善が見られた。
シングルキャブモデルは「77」(Seventy Seven)、4連キャブモデルは「99」(Ninety Nine)と呼ばれ、77のみとなる「スタンダード」のほか、それぞれに「デラックス」・「カスタム」・「S」があった。
三重県鈴鹿工場渡し現金価格は「77 スタンダード」が48.8万円、最も高価な「99 カスタム」が71.0万円であった。
また、98,000円高でクーラー(ホンダエアコン)、45,000円高でAT(ホンダマチック[8])も全車に装備可能と発表されたが、実際にはこの時点ではATは市販されなかった。
なお、ライトバンは最後まで市販されなかった。 - 1969年12月、中・低回転域のトルクを重視するため、77シリーズは95PSに、99シリーズは110PSにそれぞれパワーダウンされ、同時にサスペンションセッティングも安定方向に固められた。
- 1970年2月、セダンをベースにした2ドアクーペを追加。ポンティアック風の二分割フロントグリルに丸型4灯式ヘッドライトの精悍な顔つきを持つスポーティーカーで、95PS仕様は「クーペ7」、110PS仕様は「クーペ9」と呼ばれた。
内装も専用設計で、インストゥルメントパネルのセンター部分がドライバー向きにオフセットされている「フライト・コックピット」を特徴とした。
CAR GRAPHIC誌のロードテストでクーペ9Sに試乗した小林彰太郎は、1300はようやくその高性能エンジンにふさわしいボディとシャシーと得たと評した。 - 同時に、77 / クーペ7に3速AT車が追加される。
AT仕様の77セダン / クーペ7は横長の扇形スピードメーターと2本スポークタイプのステアリングホイールを装備。
エンジンは80PSにデチューンされていた。 - 1970年11月、セダンがマイナーチェンジされ、全車丸型2灯式ヘッドライトになる。
フロント / リヤセクション及びインストルメンタルパネルを大幅に変更する大掛かりなマイナーチェンジとなる。
同時に110PS仕様の99シリーズは廃止され、95PSの77シリーズのみとなり、1300の名が廃され単に「ホンダ77 」と呼ばれるようになる。 - 1971年6月、クーペがマイナーチェンジを受け、セダン同様1300の名が廃され「ホンダクーペ○○(○○はグレード名) 」と呼ばれるようになる。
従来型の丸型4灯ヘッドライト車は「ダイナミックシリーズ」に編成され、「SL」・「GL」・「GT」などのグレード名が与えられ、セダンと同じフロントグリルを持つ「ゴールデンシリーズ」としてデラックスやカスタムが追加された。
110PSの4連キャブレター仕様のグレードはダイナミックシリーズの「GTL」のみとなり、それ以外は95PS仕様となった。 - 1972年11月、水冷 直4 SOHC 1,433ccエンジンの「ホンダ・145」に発展。
1300系は生産中止となる。
エンジン以外の変更がほとんど行われなかった145シリーズは、実質的には1300シリーズのマイナーチェンジといえるもので、1974年まで生産された。
DDAC(Duo Dyna Air Cooling system:デュオ ダイナ エア クーリング システム)の略。1968年に本田技研工業が発表した空冷エンジンの冷却方式。
日本語では一体構造二重壁空冷方式、または一体式二重空冷エンジンと呼ばれる。
水冷エンジンでいうところの「ウォータージャケット」の考え方を空冷エンジンに導入したもので、シリンダーブロックの外壁を「一体」鋳造成型で二重構造にし、その間の空間を冷却風の通り道とした。
そこに強制冷却ファンで風を送り込むと同時に、エンジンの外側にも風があたるようにして冷却をする構造。
注目の情報
ページ(4/8)
≪前ページ
|
次ページ≫