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C-ATSとは?




JR東日本とJR西日本で異なるコードとなっているのは「列番情報(JR東日本)」「列車選別情報(JR西日本)」「速度制限を許容不足カント量(110mm=振り子式、70mm=高速、60mm=普通、50mm=機関車列車)毎に加算するコード領域(JR西日本)」「架線電圧切替、交直切替(JR東日本)」などである。
「速度制限を許容不足カント量ごとに加算するコード領域」については一部の曲線に導入されていたが、1990年(平成2年)ごろの導入以来2005年(平成17年)まで、設定値の約2/3に誤設定があり、多くは間違って共通(=JR東日本)方式で設定していたことが尼崎事故調査委員会の指摘により判明した。
共通方式設定なら制限速度がJR東日本同様に最低車種になるだけで危険はなかったが、設定作業部局がJR西日本方式として機能拡張されていたことを知らなかった。
発表時には誤設定の多数が「共通方式設定」だったとは解明されず、適用ミスで35km/h超過といったミスもあって、全国の鉄道事業者に設定値の点検を求めるなど問題になった。
なお、このコード領域については、2005年(平成17年)のJR福知山線脱線事故を受けての曲線速度照査義務化に伴い、JR東日本にも採用されることとなった。
以上の位置基準型の車上演算型速度照査方式、いわゆるパターン型速度照査が(停止信号)冒進のない安全なATSとしてJR東日本を中心にATS-Pとして普及し、安全度を落とさずに列車間隔を詰め線路容量を増やすことに成功した。
その照査方式が自動列車制御装置 (ATC) にも取り入れられDS-ATC/D-ATC/KS-ATC=ATC-NSなどで採用されて線路容量を増やした。総武快速線 - 横須賀線東京トンネルや埼京線池袋駅 - 新宿駅間など、在来線のATC区間をATS-Pに換装した例も現れている。
なお、JR東日本が保有する「C61 20」、及び「D51 498」には、ATS-P型が追設されている。
また大手私鉄の相模鉄道でも採用が決定している(現在のATSを廃止して更新予定)。
これは相鉄がJRと相互乗り入れを計画しているためである。

開発当初の経歴

1973年(昭和48年)12月26日に関西本線平野駅において、分岐器の通過制限速度を超えて進入した列車が脱線する事故が発生した。
これを受けて速度照査機能付きのATSの開発が行われ、1980年(昭和55年)から多変周点制御式のATS-Pが関西本線で試用を開始された。
この際に113系の一部編成に変周式ATS-Pを取り付けた。
その後、1984年(昭和59年)10月19日に山陽本線西明石駅において、寝台特急が制限速度を超過して分岐器に進入してホームに衝突して大破する西明石駅列車脱線事故が発生した。
これを受けて位置基準車上演算方式(=いわゆる「パターン式」デジタル符号伝送のできるトランスポンダ式)で冒進・過速度の起こらないATSがH-ATSという名前で開発された。
1986年(昭和61年)末に西明石駅・大阪駅京都駅草津駅の4駅に地上設備が設置され、寝台特急牽引用のEF66形電気機関車16両に車上設備が搭載されて、ATS-Sと併用する形で運用が始まった。
このH-ATSはATS-P'とも呼ばれていた。
初めて全線総ての信号機に設置されたのは、1988年(昭和63年)末に新規開業した京葉線で、これ以降H-ATSを正式にATS-Pと定め、関西線の変周式ATS-P運用は打ち切った。
地上装置は1型ATS-Pとされた。[7]
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