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400フィート打線とは?



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400フィート打線(400フィートだせん)は、南海ホークス打線愛称である。

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1 概要
2 布陣
2.1 1959年
2.2 1963年
2.3 1964年
2.4 1965年
2.5 その後
3 関連項目

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概要

400フィートメートルに換算すると約122メートルで、この飛距離があればスタンドインする(=本塁打になる)ということから名付けられた。
南海ホークスは戦後、積極的な盗塁・走塁を駆使した機動力と、「100万ドルの内野陣」と呼ばれた堅守の内野守備を大きな特徴とし、リーグ優勝の常連チームだった。
しかし、1951年1953年に3年連続して日本シリーズ読売ジャイアンツに敗れたことで、監督鶴岡一人(当時は山本姓)はそれまでの機動力野球の方針を転換し、強打の打線を形成することに着手した。1954年オフに杉山光平飯島滋弥を交換トレードで獲得し、1955年オフには穴吹義雄長谷川繁雄寺田陽介といった打撃評価の高い新人選手を獲得した。
すぐには成果は出ず、1955年の日本シリーズではまたも巨人に敗れており、1956年から1958年にかけては西鉄ライオンズのリーグ3連覇を許した。

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布陣
1959年

1959年の南海打線は、杉山光平や「100万ドルの内野陣」時代からの岡本伊三美らベテランと、穴吹義雄、長谷川繁雄、寺田陽介、野村克也ら若手レギュラー陣によって形成された。
杉山は首位打者に輝いた。
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