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鹿内信隆とは?
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鹿内信隆
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戦時中から仕事の付き合いがあった桜田が鹿内を非常に買い、関東経営者協会の発足で、桜田委員長=鹿内信隆副委員長という労務問題でのコンビを成立させ、これが1948年(昭和23年)4月の日本経営者団体連盟(日経連)設立に至る[6][8][9][10]。
桜田は日本電子工業の常務だった鹿内を引き抜いて、日経連の初代専務理事として迎えて、桜田総理事=鹿内専務理事として再びコンビを組み、戦後の約10年を日本共産党に指導されて各地で起ったラジカルな労働争議を闘った[9][8]。
また桜田の師匠・宮島清次郎が若手財界人を束ねて帝大同期の吉田茂政権を支援したことから、桜田を通じて政財界人脈を拡げることになる[9][11][8]。
戦後の混乱期に「財界四天王」らと共に「財界主流派」の中心メンバーとして、戦後の日本経済の基盤作りを行い、政財界の舞台裏を取り仕切った人物の一人である[12]。
鹿内自身「私のいちばん記録に残すべき時代は日経連時代なんです」と述べている[8]。
1954年(昭和29年)のニッポン放送設立に加わり、1957年(昭和32年)文化放送にいた水野と協力してフジテレビを開局させた。
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