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随願寺とは?


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随願寺(ずいがんじ)は、兵庫県姫路市にある天台宗寺院である。
山号は増位山(ますいさん)。
本尊は薬師如来

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1 概要
2 伽藍・境内施設
3 文化財
4 御詠歌
5 年中行事
6 前後の札所
7 交通
7.1 バス
7.2 鉄道
7.3 道路
8 参考文献
9 関連項目

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概要

姫路市街北方に位置する増位山西南の山間にある。
『播州増位山随願寺集記』(乾元元年・1302年成立)所収の寺伝によれば、厩戸皇子(聖徳太子)が高麗僧の慧便(えべん)に命じ開基した増位寺が前身であり、後に行基によって中興されたという。
『集記』によれば、当初は法相宗寺院であったが、承和元年(834年仁明天皇の命により天台宗寺院となり、嘉承2年(849年)「随願寺」の寺号を与えられたと伝え、後には播磨天台六山の一つに数えられるようになった。
『集記』は宇多法皇白河法皇などの行幸、平清盛による伽藍修造、源頼朝による一切経奉納などの事跡を伝えるが、他に史料がなく、中世以前の寺史については伝承の域を出ない。
17代長吏(住職)の正覚房道邃(しょうがくぼうどうずい、? - 1157年)は学僧として知られ、多くの著作がある。
中世末期には多くの衆徒を抱え、多数の坊舎が立ち並ぶ大寺院であったが、天正元年(1573年)に三木の別所長治に攻められ全山焼失。
寺僧は他所に避難していたが、天正14年(1586年)旧地に再興された。
今の本堂は、寛文6年(1666年)姫路藩主榊原忠次によって再建されたものであり、堂内には狩野探幽作の天井画が残っている。
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