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野田佳彦とは?




2007年(平成19年)11月から2008年(平成20年)4月まで国土審議会委員を務めた[13][14]
2008年(平成20年)8月に「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張して、民主党代表選への出馬をあきらかにしたが、幹部の松本剛明に強く自制を求められるなどみずからのグループをまとめきれず[15]、さらに安住淳国対委員長代理(当時)からいわゆる偽メール問題の責任を挙げられ自省を迫られるなど[16]、推薦人(20人)確保のめどが立たず、出馬を断念。
これにより、小沢一郎代表体制の継続が事実上決まった。
野田の出馬断念に反発した馬淵澄夫はグループを脱会した。
2009年(平成21年)5月の小沢代表辞任に伴う後継選挙では岡田克也を支援した。
岡田は鳩山由紀夫に敗北したが、岡田が鳩山代表のもとで幹事長に就任すると幹事長代理として執行部入りした。
鳩山内閣

2009年9月、鳩山由紀夫内閣が成立すると、当初は防衛大臣への就任が取り沙汰されたが、野田が著書で集団的自衛権の行使容認を主張するなどタカ派的な姿勢を示していたことから、連立を組む社民党の懸念により見送られ[17]藤井裕久財務相の推挙により財務副大臣に就任[18]
2010年(平成22年)1月に藤井が健康上の問題を理由に辞任すると、小沢一郎幹事長と敵対関係ではなかったため、後任候補の1人として名前が上がった[19]、藤井も野田を後任に推薦する意向だった[20]が、菅直人副総理国家戦略担当大臣から横滑りする形で副総理兼財務相に就任し、野田の財務相昇格案は見送られた。
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