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辺見マリとは?
1967年、高等部2年生になると両親の賛成で休学し、軽自動車の免許を取ったばかりの万理はホンダN360を運転し上京、浜口庫之助の下で厳しいレッスンを積みながら、間もなく渡辺プロへ入社[2]。
同年10月6日、上京した母より混血児だと告白される、万理が生後2ヶ月の時に母・美保子はスペイン系アメリカ人の夫と別れ、やがて2歳になる頃には京都へ移り、逸見ひろし[3]と再婚したことを知らされ、それまで自分は純粋な日本人だとばかり思っていた万理にとって母の話は衝撃的だったが、やはり実の子のように育ててくれた父が自分にとって本当の父親だと確信する[4]。
1969年11月に「ダニエル・モナムール」でデビュー。
翌1970年、20歳の時に発売した『経験』の「やめてぇ」と溜息混じりの歌い方が話題になり、大ヒット。
以降、同年に「私生活」、翌1971年に「めまい」等をリリースし、セクシー歌謡の歌手として活躍。
『私生活』で第21回NHK紅白歌合戦に初出場。
ところが、人気絶頂時の1972年に同じく人気歌手の西郷輝彦と結婚し引退。
二児を出産するが、1981年に離婚して芸能界に復帰した。
その後、金銭トラブルによる騒動や熟女ヌード写真集の発売などでワイドショーの話題になる。
尚、この時の金銭トラブルは「拝み屋」が原因だったことを『Dのゲキジョー 〜運命のジャッジ〜』(フジテレビ系)出演時に告白している。
また、「拝み屋」にはまっていたことで、娘のえみりと絶縁状態になっていた時期がある。
(現在は和解している)
1998年に発売したCDシングル『Good-Bye あばよ』で、娘のえみりがジャケット写真の撮影を担当した。
2001年に年下の宝石デザイナーと再婚するが、2005年に離婚した。
現在は歌手やテレビタレント以外にもミュージカル等の舞台でも活躍中。
- なにがなんでも為五郎(1970年8月26日封切、松竹) - 歌手 役。
- 経験(1970年10月6日封切、東映) - 歌手 役。
- めまい(1971年3月20日封切、松竹) - 中沢真里 役 初主演作。
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