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純心中学校・純心女子高等学校とは?


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純心中学校・純心女子高等学校(じゅんしんちゅうがっこう・じゅんしんじょしこうとうがっこう)は長崎県長崎市文教町にある私立の併設型中高一貫校

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1 概要
2 沿革
3 部活動
4 著名な出身者
5 アクセス
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク

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概要
歴史
設置者
学校法人純心女子学園」(カトリックの女子修道会である長崎純心聖母会を母体とする)
学園標語
 「先ず孝行」
 マリアさま、いやなことは私がよろこんで」
校章
「心」という文字に音楽の五線を加え、聖母マリアの諸徳である「愛徳・純潔・謙遜・柔和・従順」を表す。
学園歌
フランス聖歌に、修道女の八田カネが作詞した歌詞をのせたもの。
姉妹校
 鹿児島純心女子学園
 川内純心女子学園
 東京純心女子学園

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沿革

 1934年(昭和9年)- 長崎純心聖母会が創立。
 1935年(昭和10年)- 長崎市西中町(現・中町)に「純心女学院」が創立。
 1936年(昭和11年)- 「長崎純心高等女学校」に改称。
 1937年(昭和12年)- 長崎市家野町(現在地)に移転。
 1945年(昭和20年)
 8月9日 - 原爆により校舎全壊。
生徒、教職員合わせて214名が死亡。
 10月 - 大村市植松にあった元大村海軍工廠宿舎(大村市)を仮校舎として授業を再開。
 1947年(昭和22年)4月 - 学制改革により、「純心中学校」(新制中学校)が開校。
 1948年(昭和23年)4月 - 学制改革により、「純心女子高等学校」(新制高等学校)が開校。長崎市家野町(現・文教町)に校地復帰し、授業を開始。

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