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粟末靺鞨とは?
靺鞨(まつかつ、拼音:Mòhé)は、中国の隋唐時代に中国東北部(現在のロシア連邦・沿海地方)に存在した農耕漁労民族。南北朝時代における「勿吉(もつきつ)」の表記が変化したものであり、粛慎,挹婁の末裔である。
16部あったが、後に高句麗遺民と共に渤海国を建国した南の粟末部と、後に女真族となって金朝,清朝を建国した北の黒水部の2つが主要な部族であった。目次
1 構成部族
2 歴史
├2.1 隋代
└2.2 唐代
3 粟末靺鞨
4 黒水靺鞨
5 習俗
├5.1 衣食住
├5.2 人尿洗顔
├5.3 毒矢
├5.4 埋葬
└5.5 政治体制
6 言語系統・文字
7 脚注
8 参考資料
9 関連項目
- 粟末部…高句麗と隣接し、勝兵は数千。
- 伯咄部(汨咄部)…粟末部の北に住み、勝兵は7千。
- 安車骨部(安居骨部)…伯咄部の東北に住む。
- 拂涅部…伯咄部の東に住む。
- 号室部…拂涅部の東に住む。
- 黒水部…安車骨部の西北に住む。
- 白山部…粟末部の東南に住む。
勝兵は約3千。
- 黒水部
- 思慕部…黒水の西北に住む。
- 郡利部…思慕部の北に住む。
- 窟説(屈設)部…郡利部の東北に住む。
- 莫曳皆部…窟説部の東南に住む。
- 拂涅部
- 虞婁部
- 越喜部
- 鉄利部
注目の情報
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