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直江景明とは?
慶長14年(1609年)12月2日、幕府重臣・本多正信の媒酌により(正信の子・政重が兼続の養子となっていた)、近江国膳所藩主・戸田氏鉄の娘を娶る。
婚礼の祝儀として、この年米沢藩の役儀が10万石分減免された。
慶長16年(1611年)政重が出奔したため(翌年加賀藩に仕官)、景明が正式に継嗣となった。
慶長19年(1614年)からの大坂の役に従軍し、鴫野の戦いにて将軍・徳川秀忠より感状を与えられた。
慶長20年(1615年)7月12日、父に先立って病死。
享年22(18とも)。
戒名は「月峰清秋大禅正門」。
生来病弱で両眼を病んでいたため、兼続が景明のために五色温泉を開き、長期間の湯治をしたという。
婿養子の政重と、景明誕生前に養子であった本庄長房の2人が、共に加賀へと出奔していたため、父・兼続に後継者は残っておらず、母・船の死後、直江家は無嗣断絶となった。
(出典:Wikipedia 2012/04/30 15:46 UTC 版)
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