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白豪主義とは?




特に、1973年にイギリスがECに加盟したことで、ヨーロッパ諸国との繋がりを重視し始めたことに伴い、それまで圧倒的に密であったイギリス本国とイギリス連邦加盟諸国の繋がりが薄れ、連邦が実質的意味を失いつつあったことが、この事態に拍車をかけることになった。
それまでイギリス一辺倒であったオーストラリアの外交政策は、転回を余儀なくされ、経済的にも政治的にもアジアの一員となっていく(アジア化)。
すでにベトナム戦争以降、経済的な連携関係が構築されていた日本、次いでNIESと呼ばれた台湾香港シンガポール、近年は中国を向き始め、アジアの仲間としての道を模索していくことになる。
1972年に誕生したゴフ・ホイットラム労働党政権は、急速な政治改革を実践したが、その一環として移民政策も大きく転換した。1973年の「移民法」「オーストラリア市民憲法」の改正、1975年の「人種差別禁止法」制定によって、原則的に移住手続きや、移民の国内での生活・教育・雇用に関する一切の人種差別を禁止した。
オーストラリアも軍を派遣したベトナム戦争後、疾しさと人道的観点からベトナム難民を数多く受け入れるなど、積極的にアジアからの移民を受け入れるようになり、マルチ・カルチュラリズム(多文化主義)を国策として掲げるようになった。

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