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町田睿とは?
ウィキペディア目次へ町田 睿(まちだ さとる、1938年(昭和13年)2月17日 - )は、日本の銀行家。フィデアホールディングス取締役会議長。北都銀行取締役会長。荘内銀行取締役相談役。東北公益文科大学学長。目次
1 人物
2 略歴
3 脚注
4 外部リンク
両親とも教職に従事する家庭の4人兄弟の長男として、秋田県仙北郡千屋村(旧千畑町を経て、現在の美郷町)に生まれ、後に秋田市に移住する[1][2]。
秋田県立秋田高等学校に進学し、同校では生徒会長を務め、卒業後は東京大学法学部に進む。
在学中のクラスメートには、堤富男元通産省事務次官、永島旭元中国銀行頭取らがいた[3]。
就職の際、当時は金融機関が最も早くから就職活動を受け付けており、それならば銀行を受けようと思い、三菱銀行と富士銀行のどちらがよいか先輩に相談した所、「何の係累もない、田舎者は(三菱銀では)だめだ。
」のアドバイスを入れ、大衆性のあった富士銀行に入行した[1]。
同行時代は一時体調を崩した時期もあったが、総合職、一般職の新人事制度の立案、他行差別化を図るための商品企画、広報戦略等を手がけたほか、全国銀行協会一般委員長も務め、富士銀のエースとして活躍した。
町田と同期である他行企画担当役員は、その後全員頭取に昇格している。
これに関して町田は多くを語らないが、「私は、ずっと、裏方仕事に徹していました。
」と専門誌の取材に対して答えている[4]。
1994年(平成6年)、頭取就任以来在任8年目となっていた笹原信一郎の後任含みとして筆頭常務より転じ、荘内銀行副頭取に就任。
翌年、頭取に昇格する。
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