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由良 (軽巡洋艦)とは?




由良(ゆら)は、日本海軍軽巡洋艦長良型の4番艦である。
その艦名は、若狭湾に注ぐ由良川より名づけられた。太平洋戦争で喪失した日本軍最初の軽巡洋艦となった。

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1 艦歴
2 歴代艦長
2.1 艤装員長
2.2 艦長
3 同型艦
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目

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艦歴

由良は、大正年間に多数建造された5500トン型軽巡洋艦の長良型の一艦として、1923年(大正12年)に佐世保工廠で完成した。1926年12月、日本海軍の軽巡洋艦で初めて水上偵察機を搭載している。
1929年4月、五十鈴において射出実験に成功した萱場式艦発促進装置が由良に移設され、約4年間の長期試験が行われたが実用化に至らず、火薬式射出機の実用化に伴い撤去されている。
萱場式艦発促進装置はスプリングの力により加速をつける方式の射出機であった。
1931年12月、第1艦隊第3戦隊(司令官堀悌吉少将)に編入され、翌年1月、「大井」「夕張」と共に第一次上海事変で揚子江警備に出動し、3月末まで活動した。
1933年7月、呉式二号三型射出機が5番主砲と6番主砲の間に装備され、従来の滑走台は廃止された。
滑走台跡に、他の長良型各艦とは異なり13mm連装機銃2基が装備されたとされている。
1933年11月、第2艦隊第2潜水戦隊(司令官和波豊一少将)の旗艦となった。
1936年12月、第1艦隊第8戦隊(司令官南雲忠一少将)に編入され、翌年8月、上海上陸作戦に出動し、陸軍上海派遣軍司令官松井石根大将が乗艦、8月22日に上海に到着し、11月まで揚子江の作戦に従事した。
1938年4月、南支作戦に出動、10月より広東攻略作戦に参加した。1939年11月、特別役務艦となり修理を行った。
1940年5月、第四艦隊第5潜水戦隊(司令官鋤柄玉造少将)の旗艦となった。
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