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田鶴園子とは?


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田鶴 園子(たず そのこ、1908年? - 1989年10月8日)は、元宝塚歌劇団男役であった。
妹も宝塚出身の御幸市子であり、夫は無声映画時代のスター俳優岡田時彦、一人娘が女優の岡田茉莉子である。

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1 来歴・人物
2 出演
3 脚注
4 関連項目

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来歴・人物

1924年(大正13年)、宝塚歌劇団13期に入団する。
駆け出しのころから月組、1931年から花組で男役を務め、1932年(昭和7年)に退団、前年に松竹蒲田撮影所を退社し「不二映画社」を設立したばかりの現代劇スター岡田時彦と結婚する。
1933年1月11日には、東京市渋谷区代々木(現東京都)の新居で鞠子(岡田茉莉子)を出産した。
1933年春、京都新興キネマ京都太秦撮影所帝国キネマ太秦撮影所の後身)に入社する夫の岡田とともに京都に移住するが、翌1934年1月16日、鞠子の1歳の誕生日のわずか5日後、時彦が結核で死去した(30歳没)。
以来、女手ひとつで一粒種である鞠子を育てることになる。
1938年、ダンス教師の資格をとり、単身上海に渡る。
その間、鞠子を大森区北千足町(現大田区北千束)に住む妹の御幸市子に預ける。
1940年の御幸が山本紫朗と結婚したのを期に、翌1941年、娘を手許に引き取るが、1944年にはやはり再び御幸に預けることとなる。
その後鞠子を1951年、強い希望で東宝演技研究所に入所させる(第3期東宝ニューフェース)。
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