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生稲晃子とは?
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生稲晃子
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・高校での成績は優秀だったものの、芸能活動をしているという理由で大学入試の際に学校からの推薦が得られなかった。1987年になると、芸能活動を控え、夕やけニャンニャンにも約1ヶ月ほど出演せず受験勉強に専念した。
1987年4月に恵泉女学園短期大学(英文学科)に入学。
・受験を終えて芸能活動を再開。
復帰初日、(自身が)休んでいる間に新ユニット「うしろ髪ひかれ隊」のメンバーに工藤静香・斉藤満喜子と共に抜擢され、既に決定事項としてプロジェクトが進んでいることを知らされ面食らう。
しかし、自分の立場では異議を申し立てることも断ることも出来ず、成り行きに任せざるを得なかったという。
・1987年5月、「うしろ髪ひかれ隊」は「時の河を越えて」でレコードデビュー。
同曲及びc/wは、アニメ『ハイスクール!奇面組』の主題歌とエンディング曲に起用された。
1987年5月18日付のオリコンシングルヒットチャートで初登場第1位を獲得。
音楽番組にも多く出演し、順風満帆なスタートを切った。
これを期に、メンバー三人揃って芸能プロダクション「プロダクション尾木」に移籍、所属となった。
・もともと生稲は長く芸能活動を続ける意向は強くなく、将来的に堅実な学校教諭になる道を考えていた。
そのため学業を疎かにせず、大学進学後も意欲的に講義を受けていた。
「うしろ髪ひかれ隊」としての活動はおニャン子クラブの活動終了とともに終える青写真であり、生稲もその心積もりでいた。
しかし、スタッフの「やめようと思っていたけど、売れたことだしこのまま続けるから」の一言で、1987年9月20日のおニャン子クラブ解散後も「うしろ髪」としての活動はしばし続行された[3]。
・1988年4月をもって「うしろ髪ひかれ隊」の活動が休止。5月21日に「麦わらでダンス」(フジテレビ系放映アニメ『ついでにとんちんかん』主題歌)でソロデビュー。
7月にはフジテレビ系ドラマ『あそびにおいでョ!』で連続ドラマに初出演。
以後ドラマやバラエティ番組など多数出演。
・2001年4月、永らく所属していたプロダクション尾木より独立。
女優としてCBC制作のドラマ『キッズ・ウォー』シリーズに長く主演したほか、テレビ朝日の人気時代劇『暴れん坊将軍』にはVIIシリーズからVIIIシリーズ第1話は魚屋兼岡引・おぶん、VIIIシリーズ第2話から800回スペシャルは江戸町火消しめ組の頭長次郎(山本譲二)の妻・おぶんとして出演していた。
・古典芸能に造詣を持ち、NHKの『日本の古典芸能』『芸能花舞台』の司会も務めた(毎回和服姿で番組を進行。
下記の理由により降板した)。
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