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火付盗賊改方とは?
なお、火付盗賊改方長官は矯正授産施設である人足寄場も所管したが、初代の人足寄場管理者である長谷川宣以以外は、火付盗賊改方とは別組織の長である寄場奉行として、町奉行の管轄下に置かれた。
町奉行が文官である役方であるのに対し火付盗賊改方は武官である番方となっている。
この理由として、殊に江戸前期における「盗賊」が武装盗賊団であることが多く、それらが抵抗を行った場合に非武装の町奉行では手に負えなかった(武士の常として町奉行所の同心は帯刀してはいるものの、刀は使わず十手や梯子を使って、生きたまま犯罪者を捕らえるのが普通であった)。
また捜査撹乱を狙って犯行後に家屋に火を放ち逃走する手口も横行したことから、これらを武力制圧することの出来る、捜査権を持つ警察軍として設置されたものである。
火付盗賊改方は、町人に限らず、武士、僧侶であっても疑わしい者を容赦無く検挙することが認められていることから、熾烈な取り締まりによる誤認逮捕等の弊害も多く、一時廃止されていたが、1702年(元禄15年)再設置。
本役加役(任期1年)2名、当分加役(任期半年)2名が通例であったという。
当分加役は火災の多い秋冬(9月~3月)に任命されていた。
この他、江戸市中で打ちこわしが多発した際など、騒然とした状況下において増役として同役が増員された例がある。1862年(文久2年)加役から専任制になった。
(出典:Wikipedia 2011/11/09 14:39 UTC 版)
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