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浅草フランス座とは?


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フランス座(ふらんすざ)は、東京都台東区浅草公園六区に所在する演芸場
正式名称は「浅草フランス座演芸場東洋館」であり、東洋館の通称で営業している。
東洋興業株式会社経営。
かつては長い間ストリップ劇場として営業していた。

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1 概要
2 歴史
3 主な出身者
4 備考
5 書籍
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク

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概要

現在はいろもの漫才漫談など)を中心とした演芸場。
建物を同じくする姉妹館・浅草演芸ホール落語中心の寄席)とともに、歴史ある浅草お笑い文化の一角を担う存在である。
漫才協会、東京演芸協会、ボーイズバラエティ協会の各色物演芸団体の定席が設けられる。
また、浅草演芸ホールをはじめとした寄席に出演できない円楽一門会落語立川流の噺家も出演、さらに毎月月末には独自のお笑いライブも催すなど、東京演芸の振興に一役買っている。
毎年初席は落語協会の落語定席として使用されており、落語家もビルのなかを上下して相互の寄席に出演する。
またこの初席のみ入場券は共通で、客は浅草演芸ホールと当劇場を相互に行き来できる。

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歴史
ストリップ劇場の開場
第二次世界大戦前、この地に三友館という映画館があった。
戦後、この三友館の支配人であった松倉宇七(東洋興業創業者)はストリップ劇場・ロック座の成功に伴い、この地に同じくストリップ劇場・フランス座を開設。1964年、いったん閉鎖し、これまでフランス座のあった1Fに通常の劇場(「東洋劇場」)を、建て増しした上階に落語寄席浅草演芸ホール)を、すなわち2つの劇場を新たに開設した。
松倉はもともと演劇青年で、それも自分が演出した演劇をやってみたかったのである。
その舞台として東洋劇場が作られた。
しかし、専属主演女優(炎加世子)の夜逃げなどアクシデントもあり、営業成績という点ではお荷物になったため、東洋劇場の閉鎖を決断。
東洋劇場が入っていた(すなわちかつてのフランス座だった)1Fに浅草演芸ホールを移転し、空いた上階で、フランス座を再開場することにした。
ストリップとお笑いの殿堂
舞踊中心の上品なストリップと幕間の爆笑コントを売り物にしていた。
コントを演じていたのが「主な出身者」で記されている芸人たちで、いわゆる浅草芸人としていずれも大スターとなった。
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