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松本清張とは?


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松本清張
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1961年、前年度の高額納税者番付で作家部門の1位に。
以降13回1位。杉並区高井戸に転居。直木賞選考委員を務める。
わるいやつら』『砂の器』『けものみち』『天保図録』を発表。

純文学論争

1961年9月の「朝日新聞」に、平野謙が、雑誌『群像』で、松本清張水上勉らの社会派推理小説などの中間小説の優れたものが台頭し、純文学という概念は歴史的なものに過ぎない、と述べたことから、伊藤整高見順などと純文学論争が起こった。福田恒存によれば、同年1月に大岡昇平井上靖の「蒼き狼」を批判した時から始まっていたもので、大岡はついで、松本清張、水上勉らの中間小説を批評家が褒めすぎるとして批判していた[43]
1963年、江戸川乱歩の後を受けて日本推理作家協会理事長を務める。
1971年には同会長となる( - 1974年)[44]
1963年11月から1964年1月にかけて古代史の知識を色濃く反映した『陸行水行』を発表。
以降、小説に留まることなく、自身の見解をより深く世に問う著作を発表していく。
清張は「この小説(『陸行水行』)は、論文として書かれたものでもなければ、私の邪馬台国論を小説化したものでもない。
(中略)本にまとまるとかなりの反響があった。
そこでこういうものが私の邪馬台国論と思われては困ると思い、その後二年して「中央公論」に『古代史疑』を執筆した」と発言している[45]
 1964年、 初の海外旅行。
ヨーロッパ・中東諸国を歴訪。

『昭和史発掘』

1964年から週刊文春に『昭和史発掘』(- 1971年)を連載、二・二六事件に至る昭和初期の諸事件を、関係者への取材や史料に基づいて描いた。
『昭和史発掘』連載中には、右翼の大物からの抗議もあった。
呼びつけられたが、根拠を示して説明すると解放してくれたという[46]
単行本の発行部数は300万部を突破し、清張自身も驚く売れ行きを示した[47]
二・二六事件に関しては、のちに清張が文藝春秋の出版局長に「資料集はたとえ商売にならなくても、大切なものは世に還元すべき」として資料集も出版された[48][49]

「ネオ・本格」

他方、安易な清張ブーム追随も多く、1960年代半ばには、トリックも意外性もない社会批判小説・風俗小説が本格推理と銘打たれ乱発される状況となった。
推理小説の形骸化に対し、清張は責任監修を務めた叢書「新本格推理小説全集」(読売新聞社・1966 - 67年)の中で、「ネオ・本格」という標語を掲げ、次のように発言している。
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