Weblio辞書辞典>辞書・百科事典>松本清張>松本清張の7ページ目
松本清張とは?
スポンサーリンク
松本清張おんなシリーズが無料で
見放題。今すぐPCで観れる16日間無料キャンペーン中/U-NEXT
松本清張
古本通販/ネットオフ。最大98%オフ!さらにTポイント可
1961年、前年度の高額納税者番付で作家部門の1位に。
以降13回1位。杉並区高井戸に転居。直木賞選考委員を務める。
『わるいやつら』『砂の器』『けものみち』『天保図録』を発表。 純文学論争
1961年9月の「朝日新聞」に、平野謙が、雑誌『群像』で、松本清張、水上勉らの社会派推理小説などの中間小説の優れたものが台頭し、純文学という概念は歴史的なものに過ぎない、と述べたことから、伊藤整、高見順などと純文学論争が起こった。福田恒存によれば、同年1月に大岡昇平が井上靖の「蒼き狼」を批判した時から始まっていたもので、大岡はついで、松本清張、水上勉らの中間小説を批評家が褒めすぎるとして批判していた[43]。
1963年、江戸川乱歩の後を受けて日本推理作家協会理事長を務める。
1971年には同会長となる( - 1974年)[44]。
1963年11月から1964年1月にかけて古代史の知識を色濃く反映した『陸行水行』を発表。
以降、小説に留まることなく、自身の見解をより深く世に問う著作を発表していく。
清張は「この小説(『陸行水行』)は、論文として書かれたものでもなければ、私の邪馬台国論を小説化したものでもない。
(中略)本にまとまるとかなりの反響があった。
そこでこういうものが私の邪馬台国論と思われては困ると思い、その後二年して「中央公論」に『古代史疑』を執筆した」と発言している[45]。
・1964年、 初の海外旅行。
ヨーロッパ・中東諸国を歴訪。 『昭和史発掘』
1964年から週刊文春に『昭和史発掘』(- 1971年)を連載、二・二六事件に至る昭和初期の諸事件を、関係者への取材や史料に基づいて描いた。
『昭和史発掘』連載中には、右翼の大物からの抗議もあった。
呼びつけられたが、根拠を示して説明すると解放してくれたという[46]。
単行本の発行部数は300万部を突破し、清張自身も驚く売れ行きを示した[47]。
二・二六事件に関しては、のちに清張が文藝春秋の出版局長に「資料集はたとえ商売にならなくても、大切なものは世に還元すべき」として資料集も出版された[48][49]。 「ネオ・本格」
他方、安易な清張ブーム追随も多く、1960年代半ばには、トリックも意外性もない社会批判小説・風俗小説が本格推理と銘打たれ乱発される状況となった。
推理小説の形骸化に対し、清張は責任監修を務めた叢書「新本格推理小説全集」(読売新聞社・1966 - 67年)の中で、「ネオ・本格」という標語を掲げ、次のように発言している。
スポンサーリンク
松本清張/ヤフオク
人気商品勢ぞろい、本、雑誌の新品もたくさん!《ヤフーオークション》
清張 松本ならアマゾン
新作、話題作が勢揃い。アマゾンは常時無料配送/一部除く
注目の情報
ページ(7/57)
≪前ページ
|
次ページ≫