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松本清張とは?


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松本清張
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司馬遼太郎

清張と同様に直木賞選考委員を務めた(第62回 - 第82回、清張は第45回 - 第82回)。
清張との対談も行っており[122]、両者の人間観・歴史観の差異をうかがうことができる[123]
司馬が日本の歴史上しばしばとりあげた時代は、戦国安土桃山時代幕末明治期であるが、清張が得意としたのは、江戸時代を思わせる時代小説を別にすれば、奈良時代以前の古代と昭和期であった(両者ともに例外多数)。
また、終生森鴎外に関心を持っていた清張に対し、晩年の司馬は夏目漱石を評価している。
なお、1994年文藝春秋の創刊1000号記念特集号にあたり、同誌への執筆回数を相撲の番付形式で紹介しているが、清張は東横綱、司馬は東大関とされており(なお西横綱は井上靖、司馬の死去は1996年)、昭和期の同誌における両者の存在感の大きさがわかる。

三島由紀夫

三島は1963年中央公論社が文学全集『日本の文学』を刊行する際、中央公論社側は清張をラインナップに加える意向を示したが、反対・拒否した。川端康成谷崎潤一郎は清張を加えることに必ずしも反対せず、妥協案も示したが、三島は譲らなかった[124]
江戸川乱歩全集』(講談社・全15巻・1969 - 70年)出版の際は、清張と共に編集委員を務めた。
清張の三島評として、1978年の国文学者三好行雄との対談や、『過ぎゆく日暦(カレンダー)』収録の日記などがある。
三好行雄との対談で清張は「三島由紀夫があんなふうに最後に、右翼だとか、国家主義者だとか言われているのは、皮相な観察だと私は思う。
彼は題材を求めてそこに流されていったと思うんです。
(中略)そのことは大江健三郎でもある程度言えそうです。
あの人はもともと左翼でもなければ、いわゆる進歩的文化人のタイプじゃないと思う。
学生からすぐに作家生活に入った。
だから「死者の奢り」のような感覚的文章が本来の大江健三郎だと思います。
ところがたまたま反米的な材料をとるというようなことから、これは小説のために材料をとったと言っていいところがある。
芥川龍之介・三島・大江の)三者に共通しているのは、材料の(生活に根ざしていない)人工的な面ですね」[125]
思想史家の仲正昌樹は、自らの実生活から作品の材料を掘り出していると自負する清張にとって、美の世界に自己を同化させようとしたり特殊な体験に基づき創作する芥川・三島・大江は異質の存在であったと述べている[126]
もっとも清張も三島の才能そのものは高く評価しており、「芥川(龍之介)は三島の前にはあまりに小さすぎる」「才能は三島のほうがはるかに川端(康成)を凌いでいる」などと述べ、三島の豊かな天分は特に短編に発揮されたと評している[127]
推理作家
江戸川乱歩
編集長を務めた雑誌『宝石』に、清張の『ゼロの焦点』(連載時の題『零の焦点』)を連載させており、その休載時に清張と対談を行った[128][129]
また、推理小説の指南書『推理小説作法』(1959年、光文社、2005年、光文社文庫)を清張と共編している。
清張は特に「二銭銅貨」以降続々と発表された乱歩の初期短編を愛読し、「大変な天才が現われた」「日本にも本格的な探偵小説作家が出たと驚嘆した」と絶大な評価を与えている[130]
のちの通俗長編に対しては「独自性や野心的なものは、残念ながら影を潜め」「作品価値的には遂に長い空白時代が続く」など厳しい感想が多いが、一方では「面白さにかけてはそれなりに独自のものを持っている。
爾後の模倣者の及ぶところではなく、乱歩の才能の非凡さを示している」と一定の評価も述べている[131]
乱歩の死後清張は、三島由紀夫や中島河太郎と共に、『江戸川乱歩全集』(講談社・全15巻・1969 - 70年)の編集委員を務めた[132]
木々高太郎
推理小説家として初めて直木賞を受賞した作家であるが、清張の処女作「西郷札」を認め[133]、編集委員を務めた雑誌『三田文学』に「記憶」「或る『小倉日記』伝」を発表する機会を与えるなど、清張を世に送り出す役割を果たしている。
清張も「日本の探偵小説に知性を与えた最初の人」と木々の小説作品を高く評価し[134]、『木々高太郎全集』(朝日新聞社・全6巻)の監修者を務めている。
横溝正史
江戸川乱歩らとの座談会(『別冊宝石』第109号収録)では、社会派推理小説の流行に関して「作家は(時流に)受けるものを書くのではなく、好きなものを書く」として、距離を置く発言をしている。
ただし、後年には社会派の影響を受けた作品も執筆しており、「本格推理小説が復興するにしても、松本清張氏が築き上げたリアリズムの洗礼を受けたものでなくてはならないでしょう」とトーンを変化させている[135]
森村誠一
最初の著作の出版以降、清張と数回会っているが、のちに清張の印象を以下のように総括している。
「乱歩さんや正史さんは、後進や新人に非常にあたたかい。
松本清張さんは全く逆です。
まず新人に対しては、疑惑と警戒の目を向ける。
大切な自分の作品という卵を産む限界能力を犠牲にしてまで、どうして俺が新人の育成をしなきゃいけない、自分の作品を産むのに忙しい。
いうなれば、自分の作品しか見つめていない方です。
これは私自身も、清張さんの姿勢は作家として見習わなければいけないと思います」[136]
山村美紗
江戸川乱歩賞落選作を清張が推薦したことにより、最初の著作『マラッカの海に消えた』を出版することができた。
初版本の帯には「トリックの豊富さと物語性を評価」と清張の言葉が記され、「G・K・チェスタトンに迫るトリック」と高い評価を与えている[137]
西村京太郎
山村美紗をモデルにした小説[138]を書いているが、作中清張を思わせる作家が登場している。
作中では、清張が山村に好感を持っており、西村と付き合うのを止めるよう告げる旨のセリフを言わせている。
また「作家になったのは、清張の作品を読んで、これなら自分でも書けると錯覚したのがきっかけ」と述べている。
島田荘司
日本における本格推理復興の大きな契機を作った一人とされるが、清張に関しては「社会派の作家としては最もトリックが多い」「清張さんはトリック重視」として、一定の評価を与えている[139]
ただし、最も印象深い清張作品に関しては、トリッキーな推理作品ではなく、『半生の記』「火の記憶」であると述べている[140]
宮部みゆき
初期短編から最晩年の作品まで清張作品を愛読しており、『松本清張傑作短編コレクション』(2004年、文春文庫・全3冊)の編者を務めた。
また2009年の生誕100周年記念事業の際に大沢在昌京極夏彦と共に記念講演会を開催し、清張をめぐって奥泉光半藤一利と対談も行っている[141]
森雅裕
作家デビュー前に出版社でアルバイトしていた頃、清張宅に新聞等の資料を届ける仕事をしていたがある日、原稿の催促に来た編集者と勘違いされて「締め切りはまだだろう!」と日本刀を持って追い返された経験を持つ[142]

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