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松本清張とは?
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松本清張
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“せいちょう”はペンネームで、本名は、“きよはる”と読む。
音読みのペンネームは小説家の中山義秀(「なかやまぎしゅう」、本名の読みは「よしひで」)に倣ったもの。
もっとも清張は、「ぎしゅう」が本名であると勘違いをしていた[5]。
1950年代中盤まで編集者も「きよはる」と読んでいた[6]。
- 公式発表と実際の出生地について
公式には、福岡県企救郡板櫃村(現在の北九州市小倉北区)生まれとされ、多数の刊行物また北九州市立松本清張記念館によるものを含め、大半の資料の年譜において、小倉生まれとされている。
しかし小倉は本籍地で[7][8]、清張自身は1990年の読売新聞のインタビューで「生まれたのは小倉市(現北九州市)ということになっているが、本当は広島なの」と話しており[9]、実際には広島県広島市で生まれたと推察される[8]。
また松本清張記念館に展示される清張の幼児期の記念写真の裏や台紙には、広島市内の地名「広島京橋」と、撮影した写真館の名前がはっきりと記述されている[8][10]。
この他、清張自身「これまでの作品の中で自伝的なものの、もっとも濃い小説」[11]「私の父と田中家の関係はほとんど事実のままこれに書いた」[12]と記述している『父系の指』の中で「私は広島のK町に生まれたと聞かされた」と書いており、清張研究の第一人者といわれる[13]郷原宏は、私小説に書かれているすべてが事実とは限らないが、ここは誰が見ても事実を曲げる必要のないところであり、しかも単に「広島」と書けばすむところをわざわざ「広島のK町」と具体的に踏み込んだ書き方をしており、記念写真の件と合わせて郷原は「小倉は本籍地で出生地とは考えられない」「清張の出生地は広島」としている[14]。
郷原はこの「K町」とは広島駅近くの京橋町(現在の南区)と推定している[7]。
『松本清張の残像』(2002年)の中で、「松本清張は広島生まれ」と指摘した松本清張記念館館長・藤井康栄は「古い一枚の写真は広島生れの傍証となるものかもしれないけれど、だからといって生年月日や出生地などの公式記録を書きかえることはできない。
それらは本人が生涯なじみ、確認しつづけたものなのだから」としつつも[15]、2009年に朝日新聞[16]や中国新聞[17]誌上で、清張は広島生まれとしたうえで、清張の戸籍謄本他、全ての公式記録の出生地が小倉になっており、清張本人が出生地の訂正をしなかったものを他人が換えられないと説明している。
ただ藤井が「松本清張は広島生まれ」と指摘して以降、清張関連文献に於いて「広島生まれ」と記述するものが増えてきている[18]。
ただし、藤井が館長を務める北九州市立松本清張記念館は、清張の出生地が広島であるとの報道について「新説」として触れたものの[19]、「小倉生まれ」との見解をとっている。
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