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智努王とは?
目次
1 経歴
2 系譜
3 脚注
4 参考文献
5 関連項目
神亀3年(717年)無位から従四位下に叙され、大舎人頭に任ぜられる。
天平元年(729年)従四位上、天平12年(740年)正四位下に昇叙された。
天平13年(741年)8月木工頭、同年9月には巨勢奈氐麻呂とともに恭仁京の造宮卿に任ぜられる。
翌天平14年(742年)正月に開催された宴において、造宮の功労により東絁60疋・真綿300疋を賜与されたが、同年8月今度は紫香楽宮の造離宮司に任ぜられた。
天平18年(746年)正四位上、天平19年(747年)1月には従三位に昇進し公卿に列す。
天平勝宝4年(752年)9月に文室真人の姓を賜与され臣籍に下る。
天平勝宝6年(754年)摂津大夫。天平宝字元年(757年)参議・治部卿に叙任。
淳仁朝で重用され、天平宝字4年(760年)中納言、天平宝字5年(761年)正三位、天平宝字6年(762年)1月に御史大夫(=大納言)と急速に昇進し、同年9月の御史大夫・石川年足の死去により、大師・藤原仲麻呂に次いで太政官の次席の地位を占めた。
また、同年8月には老いて力が衰えたことから、淳仁天皇から労りの詔があり、宮中で扇・杖を使うことを特別に許されている。
注目の情報
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