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新羅とは?
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新羅
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長らく高句麗に従属していたが、5世紀中頃からはその支配下から脱却しようとして高句麗とも争うようになった。
一方で辰韓諸国に対する支配力も高め、伽耶諸国の領有をめぐって百済とも対抗する姿勢を明らかにし、三国が相競う様相を示した。
また三韓征伐に見られるように日本による一定の支配を受けていたことも明らかにされている。
新羅の実際の建国時期は356年とされる。
「三国時代 (朝鮮半島)」を参照
以下、『三国史記』[15]や「日本書紀」[16]に基づく。
・新羅初代王赫居世居西干の時代
・倭人が侵攻してくるが、赫居世王の説得に応じて倭軍は撤退する。
また重臣に、もとは倭人の瓠公がいた[15]。
・二代王南解次次雄の時代
・倭人が兵船100艘余りで攻め寄せ、海岸の民家を略奪した[15]。
これに対して六部の精兵を派遣したところ、手薄になった首都を楽浪軍に攻められた。
しかし、流星が楽浪軍の陣に落ちたため、彼らは恐れて引き上げたという。
さらに六部の兵を送って追撃させたが、賊軍が多いので追撃は中止となった[15]。
・第四代新羅王の脱解王の時代
・脱解王は倭国から東北一千里の多婆那国の王の子といわれ[15]、この多婆那国は竜神信仰を持っていたことや交易関係などから、日本列島の丹波国にも比定され[17]、脱解王の出身氏族である昔氏は倭人とされる[18]。
・百済の多婁王と蛙山城(忠清北道報恩郡)をめぐって度々戦争があった[15]。
・倭国が木出島(慶尚南道蔚山広域市の目島[19])に進入してきたが、角干(1等官の伊伐飡の別名)の羽烏(うう)を派遣したが勝てず、羽烏は戦死した[15]。
・伽耶と戦って大勝した阿飡(6等官)の吉門を波珍飡(4等官)に引き上げた[15]。
・第五代新羅王の婆娑尼師今の時代
・日本書紀で倭国に服したという新羅王波沙寐錦(はさむきむ)のことを指すともいわれる[20]。
また、414年
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