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志賀泰伸とは?




 1984年春、田原俊彦に憧れ、日本大学高校1年生の時にジャニーズ事務所に入所。
 1985年、「忍者」の前身である「少年忍者」のメンバーになり、少年隊などのバックダンサーを努める。
 1990年8月22日、「忍者」としてCDデビュー。
 1994年、デビュー当時から既に結婚をしていた事が発覚し、古川栄司と共に、「忍者」及びジャニーズ事務所を脱退。
 俳優としてVシネマや舞台に出演する他、「グランクリュ・コンサルティング」所属時代には、後述の「D-run(デュラン)」というバンドグループも結成。
ボーカルを務めていたがメンバーの事務所移籍などにより解散した。

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性格・特徴

 大雑把でおとなしい性格だが髪型にやたらこだわっていた。
 普段おとなしいのに遊ぶときはよくはしゃいでいたらしい。
 「10年後も忍者でいたい」と、1992年のコンサートビデオで語っている。
 忍者時代はよく、郷ひろみ若人あきら)にそっくりだと言われていた。
 幼い頃よく女の子に間違えられていた。
 小学校にあがって間もなく親の勧めで剣道を始め、小学校4年生の時の大会で優勝した。
 妹も昔、アイドルとして芸能界デビューしていた過去がある。
 忍者の中では一番の酒豪だった。
 小学校生の時に、剣道の大会で日本一になった。
 忍者時代に、メンバーの遠藤直人から「メンバーの中で志賀の声質が一番好き」と言われたが、「志賀は自分でその良さを分かっていない」とも言われた。
 ダンスの振りの覚えが悪く、自ら「忍者の足を引っ張っている」と言う程だった。
 忍者時代、撮影などの時にいつもメイクさんに髪を切って貰っていたので、メンバーの高木延秀から「散髪しに行く金もないほど貧乏なのか?」と思われていた。
本人曰く、「髪がよく伸びるので、その都度散髪に行っている暇がない」との事。
 デビューしてから約2年間で、体重を10kg増やした(デビュー当時の体重が42kgと痩せ過ぎであった為)。
 小、中学校まではとても勉強好きで成績も良かった。
 忍者時代、ラジオ番組内で「忍者のここだけは嫌」というのをファンに投稿して貰うコーナーがあり、その時に志賀は「ぼそぼそ喋っててジジくさい」と言われた。

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主な出演作品
テレビドラマ
連続ドラマ

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