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張遵とは?



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張 遵(ちょう じゅん、生年不詳 - 景耀6年/炎興元年(263年))は、中国三国時代末期の武将政治家蜀漢に仕えた。
祖父は張飛、父は張苞、叔父に張紹がいる。
三国志』蜀志「張飛伝」に記録がある。
生涯

出生時期は明らかではない。
劉備の死後、後を継いだ劉禅の正妻は二人とも張飛の娘であり、張氏は外戚として重用され、張遵も最終的には尚書に昇った。
263年鄧艾は間道を通り蜀の最前線の防衛網を潜り抜け、成都へ進軍してきたため、これを迎え撃つべく諸葛瞻に随行して綿竹を守るも、敗れて戦死した(綿竹関の戦い)。
爵位は叔父の張紹が継いでいる。
小説『三国志演義』では、諸葛瞻に対してに援軍を要請するよう進言するが、最終的には援軍の到着前に諸葛瞻と共に城から打って出て戦死し、国難に殉じた姿が描かれている。
現在の成都に存在する武侯祠には、張飛・張苞と共に張遵の像が建立されている。

(出典:Wikipedia 2012/04/07 16:30 UTC 版)

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