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式守伊之助とは?


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式守 伊之助(しきもり いのすけ)は大相撲立行司の名前で、木村庄之助に次いで2番目の地位(番付で言うところの大関)にあたる。

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1 解説
2 伊之助の代々
3 脚注
4 参考文献
5 関連項目

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解説

この名跡は代々三役格から立行司に昇格する行司が襲名し、2008年5月場所からは10代式守勘太夫が38代目を襲名した。2011年11月場所より38代伊之助が36代庄之助を襲名し、16代木村玉光が39代伊之助を襲名するはずだったが健康問題を理由に辞退したため、当面の間は伊之助は空位となる[1]
軍配には紫白の房、装束には紫白の菊綴じを着用し庄之助同様、差し違えた際に切腹する覚悟を意味する短刀を差す。
本場所では三役格以下と同様に2番を合わせている。
行司停年制実施前の1958年限り庄之助同様、年寄名跡より除かれた。
現存する行司2家のうち式守家は初代伊之助が式守姓を名乗ったことに由来するといわれる。
10代目以降は庄之助を襲名することが可能となったため、以後29人中17人が庄之助を襲名している。
庄之助に継ぐ地位であるが、6代と8代の2人は庄之助の上位に位置されたことがある。
ただし8代は死跡であったため庄之助より上位として土俵に上がった伊之助は6代1人だけである。
明治年間、本場所で勧進元を務めた伊之助が開催直前に亡くなるという“位牌勧進元”が続いたことがあった。
6代、7代、8代、9代と連続して起こり、その直前である5代も含め5人続けて現役で亡くなった。
さらに14代は1926年1月場所からの襲名が決まったものの伊之助として土俵に上がることなく前年暮れに死亡している(死後、1926年1月場所の番付には14代として「式守伊之助」と書かれている)。
「伊之助の祟り」として恐れられたが、ことごとく偶然が重なったことによる。
代々受け継がれている軍配(「ゆずり団扇」とも呼ぶ)は1本ある。
記されている文字については、どのように読むのかはっきりしていない。1882年の相撲錦絵にすでに登場しているが、伊之助のゆずり団扇となったのは20代(のちの24代庄之助)時代の1960年5月からである。
また初代伊之助が明和年間より寛政年間にかけて使用した軍配が現存する。

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伊之助の代々
襲名期間備考
初代1767年3月場所 - 1793年3月場所初代伊勢ノ海五太夫の門弟。年寄・鞍馬山。
のち式守蝸牛の隠居号で『相撲隠雲解』を著した
2代1793年10月場所 - 1819年11月場所初代伊之助の弟子初代式守見藏→(この間、伊之助を襲名するが伊勢ノ海(柏戸)訴訟事件で一時番付から消滅)→初代式守与太夫→伊之助を再勤
3代1820年3月場所 - 1830年11月場所初代伊之助の門人初代式守夘之助1795年より13年間も姿を消す
4代1834年10月場所 - 1837年正月場所2代伊之助の実子3代式守見藏→2代与太夫
5代1839年3月場所 - 1850年3月場所(死跡)3代伊之助の弟子初代式守勘太夫初代伊勢ヶ濱二枚鑑札
現役没
6代1853年11月場所 - 1880年5月場所4代伊之助の弟子式守宗助→2代式守鬼一郎年寄・永浜を二枚鑑札。
現役没。
在位最長年(28年)
7代1883年1月場所 - 5月場所5代伊之助の弟子初代式守与之吉→2代勘太夫→3代鬼一郎→勘太夫(再)→鬼一郎(再)2代式守秀五郎を二枚鑑札、現役没
8代1884年5月場所 - 1898年1月場所(死跡)6代伊之助の弟子初代式守錦太夫→3代与太夫年寄・永浜を二枚鑑札。
現役没
9代1898年5月場所 - 1911年2月場所(死跡)6代伊之助の弟子式守竹二郎→初代式守錦之助→2代錦太夫→4代与太夫年寄・式守伊之助を二枚鑑札。
現役没
10代1911年5月場所 - 1912年1月場所後に17代木村庄之助(伊之助~最初の庄之助襲名となる)
11代1912年5月場所 - 1914年1月場所京都行司・吉岡一學の養子吉岡?→木村進年寄・式守伊之助を二枚鑑札。
現役没。
現在の行司装束(それまでの姿から烏帽子直垂を着用)の改正発案者
12代1915年5月場所 - 1921年5月場所初代高砂が「改正組」を組織したときに行司として参加木村官司→小市→2代木村誠道年寄・式守伊之助を二枚鑑札
13代1922年1月場所 - 1925年5月場所後に19代木村庄之助
14代1926年1月場所(死跡)7代伊之助の弟子2代式守与之吉→3代勘太夫式守伊之助として土俵に上がれず現役没
15代1926年5月場所 - 1932年5月場所後に20代木村庄之助
16代1932年10月場所 - 1938年5月場所9代伊之助の弟子(のちに養子)式守亀司(亀吉、亀二、亀治)→亀助→4代錦之助→4代錦太夫→7代与太夫11代立田川を襲名
17代1939年1月場所 - 1940年3月場所初めて立行司・11代木村玉之助より継承。
後に21代木村庄之助
18代1940年5月場所 - 1951年5月場所後に22代木村庄之助
19代1951年9月場所 - 1959年11月場所17代庄之助の弟子木村金吾→2代木村玉治郎→8代木村庄三郎年寄・式守伊之助を二枚鑑札。
式守伊之助として行司停年制初の停年退職。
「ひげの伊之助」
20代1960年1月場所 - 1962年11月場所後に24代木村庄之助
21代1963年1月場所 - 1966年7月場所後に25代木村庄之助
22代1966年9月場所 - 1973年11月場所後に26代木村庄之助
23代1974年1月場所 - 1977年9月場所後に27代木村庄之助
24代1977年11月場所 - 1984年3月場所23代庄之助の弟子木村正義→正信→3代木村正直
25代1984年5月場所 - 1990年11月場所後に28代木村庄之助
26代1991年1月場所 - 1992年9月場所木村宗市→6代木村庄次郎(庄二郎)→宗市→庄二郎(再)
27代1992年11月場所 - 1993年7月場所三役格13代木村庄太郎の弟子木村英三→2代木村善之輔→14代庄太郎
28代1994年5月場所 - 11月場所後に29代木村庄之助
29代1995年1月場所 - 2000年7月場所木村貢→3代善之輔
30代2000年9月場所 - 11月場所26代庄之助の弟子式守文夫→正一郎→7代与之吉(與之吉)→8代勘太夫
31代2001年1月場所 - 9月場所後に30代木村庄之助
32代2001年11月場所 - 2003年3月場所後に31代木村庄之助
33代2003年5月場所 - 2005年11月場所後に32代木村庄之助
34代2006年1月場所木村光彦→2代木村光之助
35代2006年3月場所後に33代木村庄之助
36代2006年5月場所 - 2007年3月場所後に34代木村庄之助
37代2007年5月場所 - 2008年3月場所後に35代木村庄之助
38代2008年5月場所 - 2011年9月場所後に36代木村庄之助

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