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常遇春とは?
常遇春・徐達とならんで功績のある宿将・邵榮が反乱を起こしたときには、朱元璋は死は免れさせたい意向であったが、常遇春はあくまで叛臣は処断すべきであると主張した。
また羅友賢・張士誠を破る。
太祖が呉王の位につくと平章政事となり、ついで鄂国公に封ぜられ、副将軍を拝命し、太子太保を兼ねるなど、ますます重んじられた。
1368年、徐達とともに兵をひきいて北征し、太原を攻めてモンゴルの将・擴廊帖木兒を遁走させ、也速を全寧に破りついに開平を占領した。
モンゴル帝を北方に追い払ったので、いったん軍をまとめて帰る途中、柳河川で病没する。享年40。
太祖はこの知らせを聞き大いに嘆き、葬列が龍江に達するとそこまで出かけて親しく喪の儀式を執行した。
「開平王」を追封され、諡は「忠武」という。
- 『明史』125
- 『明史稿』116
- 『皇明通紀直解』206
- 『国朝献徴録』5
- 『国朝名世類苑』1
- 『今献備遺』1
- 『明名臣言行録』1
- 『皇明名臣琬琰録』1
- 『皇明名臣言仁録』1
- 『皇明人物考』1
- 『皇明開国功臣録』1
- 『本朝人物攷』14
(出典:Wikipedia 2009/04/12 12:33 UTC 版)
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