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専売とは?
唐の中期、安史の乱で財政が逼迫すると、第五琦の案によって塩の専売が行われた。
後に中央政府の政策となって一時は財政収入の半分を占めるまでとなった。
だが、専売制実施前には1斗あたり10銭であった塩の価格が専売制実施後には110銭に引き上げられ、更に財政逼迫の度に値上げされた事から人々の生活は困窮して黄巣の乱が勃発する。
首謀者の黄巣も元々塩の密売人であった。
北宋に入ると、人々の生活必需品となった茶が専売品として追加されて塩と並ぶ重要な財政の基盤となった。
だが、同時に政府財政が逼迫すると安易な値上げや品質の引き下げなどが行われて、人々を苦しめる事となった。
そのような状況の下で、塩などの密売人が各地に出没するようになる。
政府は死刑をもって取り締まろうとするものの、専売品があまりにも高価で劣悪過ぎたために却って良質な密売品の方が値段が安くなったために、密売品販売による利益は厚く、誘引となったために根絶する事が出来なかったという。
中国は海岸線こそ広いものの、領土が奥地に広がっていることや人口が膨大なために、多くの人々が直接塩を手にする機会に乏しかった。
また、生産地が限定されていた茶についても同様のことが言えた。
それを利用した専売政策は形を変えながらも辛亥革命以後にまで継続されたのである。
1949年の中華人民共和国成立後には、酒類と加工済みのタバコ製品及び関連するタバコの葉、フィルタートウ、タバコ用紙、タバコ製造機械などが専売品となっている。
酒類は1980年に国家による専売制を廃止したが、その後偽造酒による死亡事件、傷害事件が相次いでおり、復活を検討する動きもある。
なお、現代中国語において「專賣」という言葉は、専売制の他に、特定の商品に絞った専門販売、専門店という意味でも使われているので注意が必要である。
タバコと朝鮮人参が専売とされてきたが、2002年、管理してきた公社が完全民営化(KT&G)され、専売品目が消滅した。
インドにおけるイギリス植民地政府が塩を専売制にしたため、1930年にマハトマ・ガンディー並びに彼の支持者が塩の行進と呼ばれる抗議活動を行った。
- 『【新制版】日本史事典』(数研出版)
- 『旺文社日本史事典』(旺文社)
- 『歴史学事典 12』〔秋山晋吾「専売制度」〕(弘文堂)
(出典:Wikipedia 2011/11/28 08:20 UTC 版)
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