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安倍内閣 (改造)とは?




中でも自民党は、党創立以来守り続けてきた参議院第一党の座を民主党に奪われた。
このため、自公政権は参議院においては少数与党として「ねじれ国会」への対応を迫られた。
このような結果に対して安倍首相の進退が注目されたが、安倍は選挙翌日の記者会見で、「反省すべきは反省し」、党三役閣僚を変えて「人心一新」し、「改革を止めてはならない」[1][2]とし、メールマガジンでも「戦後レジームからの脱却、その方向性を変えてはならない」[1]「教育再生や公務員制度改革、新成長戦略の推進、地域の活性化・再生、地球環境問題の解決に向けたイニシアティブ、アジア外交の再構築、憲法改正に向けた取組み[3]」などの「国民との約束を果たしていくため、続投していかなければならない」として退陣を否定した。
特色
この人事を見て「安倍内閣は最初からこの布陣で行くべきだったのだ」と感想を述べる者も多かった[5](実際、安倍改造内閣の17閣僚のうち15閣僚が次の福田康夫内閣に入閣した)。
安倍の退陣表明

2007年(平成19年)9月10日、安倍首相は第168回臨時国会の所信表明演説を行なったが、代表質問が始まる予定の9月12日、緊急記者会見を開いて首相の職を辞することを表明した。
表向きの理由は「テロとの戦いや改革を円滑にすすめるために自分が身を引くことが最善だと判断した」ということであったが、後日、過度のストレスによる機能性胃腸障害の悪化(脱水症状・体重減少・体力の著しい減退等)が理由だったことが判明した。
安倍は翌13日から慶應病院に入院し、新首相が決定するまで病室で首相としての執務を続けた。
内閣総辞職は、同年9月26日、安倍が首相官邸に出向くことによって行なわれた。
安倍首相の辞任やそのタイミングは参院惨敗が予想された頃から取り沙汰されていたものの、この首相辞任劇はメディアや国民の多くにとって予想外の展開であり、自民党総裁選と併せて連日メディアで殊更大きく報道され続けた。
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