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天下とは?
目次
1 読み
2 定義と特徴
├2.1 中国
├2.2 日本
├2.3 朝鮮
├2.4 ベトナム
└2.5 北方アジアの遊牧民
3 歴史的展開
├3.1 中国における「天下」
├3.2 日本における「天下」
├3.3 朝鮮における「天下」
├3.4 ベトナムにおける「天下」
└3.5 北方アジアの遊牧民における「天下」
4 参考文献
5 脚注
「てんか」は漢音、「てんが」はその連濁、「てんげ」は呉音である。
現在は「てんか」が普通だが、本来は「てんげ」と読んだ。
「天上天下」など成句の中には現在も「てんげ」と読むものがある。
中国における天下は、一般に中国王朝の皇帝が主宰し、一定の普遍的な秩序原理に支配されている空間であった。
天下の中心にあるのが中国王朝の直接支配する地域で、「夏」「華」「中夏」「中華」「中国」などと呼ばれる。
その周囲には「四方」「夷」などといった中国王朝とは区別される地域があるが、これらの地域もいずれは中国の皇帝の主宰する秩序原理に組み入れられる存在として認識されていた。
(中華思想、皇帝、天参照)
日本における天下の概念は、はやく古墳時代に見ることができる。
当時、倭国王は中国王朝に対して倭国王または倭王と称していたが、熊本県の江田船山古墳から出土した鉄剣の銘文などによれば5世紀後期ごろには国内に対して「治天下大王」(アメノシタシロシメスオホキミ)と称していたことが判明している。
これは、その時期までに、倭国内で「中国世界とは異なる独自の天下」概念が発生していた徴証だと考えられている。
『隋書』によれば7世紀初頭の大業3年(607年)に倭国王(原文「俀國王」)が隋皇帝煬帝への親書に自らを「日出處天子」と称したことも、中国世界と異なる天下概念が存続していたことを物語っている。7世紀には律令制の導入とともに中国的な天下概念が移入された。
律令制の特徴である公民思想を伴って、「天下公民」という形で把握された。
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