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堀江_(大阪市)とは?



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堀江(ほりえ)は、東を西横堀川(埋立。阪神高速1号環状線北行き)、西を木津川、南を道頓堀川(西道頓堀川)、北を長堀川(埋立。長堀通)に囲まれた島の地域名称。
中央を東西に流れる堀江川(埋立)によって北堀江と南堀江に分かれる。
現在の大阪府大阪市西区北堀江一丁目~四丁目、南堀江一丁目~四丁目にほぼ該当する。
大坂城下の南西に位置する。
城下の中でも陸地になったのが最も遅い低湿地であり開発は遅れた。石山本願寺をめぐる戦い(石山戦争)の時期は、この地域はまだ海だったと思われ、石山本願寺を支援する毛利をはじめとする大名方と織田信長方の水軍同士の戦闘(木津川の戦い)がこの付近で行われていた。

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1 堀江新地の開発
1.1 堀江への優遇策
1.2 江戸期の堀江の商業
1.3 江戸期の堀江の娯楽
1.4 堀江の町人の文化
1.5 堀江の災害、特に津波
2 明治以降の堀江
3 戦後の堀江
3.1 堀江の商業地としての復活
4 堀江の将来
5 関連項目
6 脚注
7 外部リンク

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堀江新地の開発

元禄11年(1698年)、安治川を開削するなど、淀川水系の治水・大坂の水運・経済機能の発展に功績のあった河村瑞賢により、長堀川道頓堀川の中間の荒れ地に堀江川が開削されて堀江新地の開発が始まった。
彼は同時に西や南への城下拡張を手がけている。
堀江の他にも、道頓堀川南岸の幸町、安治川開削によって淀川水系の旧河道(古川)との間にできた富島、古川南岸の古川(町)などの開発も行い、これらは堀江新地33町と呼ばれた。
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