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土屋耕一とは?
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- 中国伝統家具展新聞広告(1964/伊勢丹百貨店/デザイナー:柳町恒彦、フォトグラファー:篠山紀信)
- ニーニー ※ミニドレス(1965/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- オプティカル ※オプアートのパターンをプリントした布地(1965/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- tapilon ※化学繊維名(1965/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- ドルフィン ※スノーウェア(1966/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- メキシコオリンピックキャンペーン(1966/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- Hisofy ※柔らかな伸縮性のある布地(1966/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- fit&soft ※伸縮性のある織物群の総合キャンペーンテーマ(1967/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- PAREL ※制電性のある糸(1967/東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- メタルック/METALOOK ※金属的な光沢をもった布地(東洋レーヨン株式会社/デザイナー:深野匡)
- マリーム/marim ※インスタントクリーミングパウダー(1969/ゼネラル・フーズ/デザイナー:深野匡)
- 『日本レタリング年鑑1969』(1969-12-15/編:日本レタリングデザイナー協会/グラフィック社)
^ 土屋曰く「その当時、広告文案の勉強の場があったわけでもなく、成り行きで資生堂に入ったら、僕がコピーライター第1号だった」という。
安部敏行「クリエィティブは時代の空を飛ぶ」誠文堂新光社1989年参照。^ これらの広告に使われた回文で、代表的なものに、「新幹線沿線監視」、「故郷より来た器量よき娘(コ)」、「酢豚つくりモリモリ食ったブス」、「黒し雲 鐘はヨハネか 黙示録」などがある。^ 土屋は、1956年に資生堂宣伝文化部に入社したが、当時まだ各企業では、宣伝広報に対するシステムがキチンと定着していない頃で、また広告代理店のクリエイティブ部門も十分な力を持っておらず、資生堂宣伝文化部在籍時には、資生堂の化粧品の広告ばかりではなく、当時日本デザインセンターの主任デザイナーだった山城隆一に呼ばれて、東芝や三楽ウイスキーなどの広告でコピーを書いたりしていたことがある。
(出典:Wikipedia 2011/11/07 13:40 UTC 版)
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