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周期律とは?


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元素記号周期
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カニッツァーロは1858年アボガドロの仮説を受け入れれば、同体積の気体に含まれるある元素の質量を様々な気体で求めて、その最大公約数から原子量が一意に決定できることを示した。
また気化できない金属元素についてはデュロン=プティの法則から、ある一定の熱容量を持つ固体に含まれるある元素の質量を様々な固体で求めて、その最大公約数から原子量が一意に決定できることを示した。
これにより原子量を元素同士で比較できるようになった。
ベギエ・ド・シャンクルトワ1862年に当時知られていた塩素までの元素の原子量に着目すると、原子量 16ごとに似た性質の元素が現れることに気が付いた。
ド・シャンクルトワはこれをらせん状の図に表現して「地のらせん」と呼んだ。
また、ジョン・ニューランズ1863年に短周期周期表を作成し、原子量順に元素を並べると8個ごとに似た性質の元素が現れることに気が付いた。
そしてこれを1865年に「オクターブの法則」として発表した。
1869年にはドミトリ・メンデレーエフが短周期周期表を作成し発表した。
メンデレーエフは単純に原子量順に並べるだけでなく、性質が良く類似する元素がまとまるようにした。
性質が類似しない元素が入ってしまう場合には、そこに未発見の元素があるものと考えて空欄とし、その持つべき性質を示した。
後にこの空欄を埋めるような元素が次々に発見されていったため、メンデレーエフの周期表は大きな信頼を得ることになった。
ロタール・マイヤーは1864年に28の元素をそれらがとる原子価ごとに分類した表を作って書籍の中で発表した。
その後、マイヤーはこの表の拡張を行なっていき、ほぼメンデレーエフと同じ周期表を作成していたが発表はしなかった。
発表はメンデレーエフより遅れて1870年に行なわれたため、メンデレーエフの影に隠れる形になってしまった。
また元素を原子量順に並べると原子容が周期的に変化することを発見した。
完成

未発見の元素が発見されていき、周期表の空欄が埋まってくると、原子量順に並べるのでは不具合があることが分かってきた。
例えばアルゴン(原子量 40.0)はその性質から明らかに希ガスに分類され、カリウム(原子量 39.1)はアルカリ金属に分類される。
しかし、単純に原子量順に並べるとカリウムが希ガスに、アルゴンがアルカリ金属になってしまう。
また、コバルト(原子量 58.9)とニッケル(原子量 58.7)では原子量の差がほとんど無く、遷移金属であるため性質も似ており周期表上の位置がはっきりと確定できない。
その後、原子の内部構造が明らかにされることで、周期表は原子量順ではなく原子番号順、すなわち陽子数順に並べるのが正しいことが明らかとなってきた。
そして1913年ヘンリー・モーズレイにより特性X線から原子番号を決定する方法が発見されたことにより、すべての元素の周期表上の位置を確定することが可能になった。
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