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原子力潜水艦とは?
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こうした潜水艦を弾道ミサイル原子力潜水艦、戦略ミサイル原子力潜水艦(戦略原潜)などと呼ぶ。
初期のポラリス原潜では、核弾頭1発を搭載した長射程の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)16基を装備していたが、MIRV技術の進歩により、現在では、1発あたり10 - 14発の核弾頭を搭載した多弾頭式の弾道ミサイルを16 - 24基搭載するまでになっている。
弾道ミサイル原潜は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の固定サイロよりも発見されづらいという特徴があるため、先制攻撃の手段としてではなく攻撃を受けたあとの反撃手段・第二次攻撃手段としての意味合いが強い。
こうした潜水艦の登場は、冷戦を背景にしたものに他ならないが、アメリカ海軍のジョージ・ワシントン級(1番艦は1959年就役)を嚆矢として、はじめはアメリカ・ソ連、次いでイギリス・フランスが弾道ミサイル原潜を保有するようになると、弾道ミサイル原潜の護衛または捜索・追尾・攻撃が攻撃型原子力潜水艦の重要な任務になった。
そのほかにも対地攻撃や対艦攻撃用の巡航ミサイルを装備した型もありこのタイプのことを巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN)などと呼ぶこともある。
これは、旧ソ連海軍において、仮想敵たるアメリカ海軍の空母戦闘群(現 空母打撃群)への対抗上、特に大きく発展した。
1940年代、ウラン核分裂反応の軍事利用に関する研究がなされた過程で、核エネルギーを利用した潜水艦の構想がナチス・ドイツや旧日本海軍等で考えられていた。
戦後、ドイツの原潜構想を知ったアメリカ海軍のハイマン・G・リッコーヴァー大佐は、その革新性に着目し、原潜開発を上層部に訴えた。
当時の軍事的な核利用は爆弾が中心であり、巨大な原子力発電プラントを潜水艦に搭載することなど夢のまた夢と考えられていたため、リッコーヴァー大佐の提案はまともに取り上げられなかった。
しかし、リッコーヴァー大佐がチェスター・ニミッツ提督に直訴までして実現を訴え続けた結果、最終的にはその熱意が認められ、合衆国海軍原子力部が設立され、リッコーヴァーはその長に就任した。
大佐は熱心に原潜開発を強力に推進した[4]。
こうして、リッコーヴァーの指揮の下、世界最初の原子力潜水艦「ノーチラス」(1954年竣工)が開発された。
このことからリッコーヴァーは「原潜の父」と呼ばれている。
ノーチラスは世界ではじめて北極の下を潜航して横断したことでも知られる。
また世界初の戦略ミサイル原潜は同じくアメリカが開発した「ジョージ・ワシントン」で1959年に竣工した。
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