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力士会とは?



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力士会(りきしかい)とは、力士生活の向上のため力士の立場から日本相撲協会へ提言することを目的にした会であり、十両以上の力士で構成している親睦組織である。

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1 概要
2 歴史
2.1 歴代会長
3 その他
4 関連項目
5 脚註

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概要

毎場所ごとに番付発表の翌日に開催され、ここで新十両昇進力士の紹介や引退力士への記念品贈呈、関取衆の身体測定(身長・体重)などが行われる。
また、引退相撲に関しては力士会は無償で出場するのが慣例となっている。
力士会の会長は、慣例でその年初場所番付最上位者か、先に昇進した横綱が務めることになっており、現在の会長は2010年3月から横綱・白鵬が就いている。
横綱が不在の場合には番付最上位者の大関が会長を務める場合もあるが、その年の途中で横綱に昇進した力士がいた場合には、慣例として横綱に交代する[1]
力士会主催のイベントとしては、ユニークな仮装行列でおなじみの力士運動会がある。
これまでに9回開催されてきているが、1990年以降は1991年6月と1999年2月に開催されただけで、現役力士の中には力士運動会を知らない関取が増えてきている。
2008年9月2日の力士会の際、抜き打ちの尿検査が実施され露鵬白露山のロシア出身の兄弟力士に大麻吸引の陽性反応が出る。
このことにより両力士は解雇され、北の湖日本相撲協会理事長(当時)が引責辞任した。

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歴史

1932年1月に発生した春秋園事件を受けて残留力士により発足した。
歴代会長

四股名と番付は就任当時のものとする
代数四股名番付在位退任理由備考
初代玉錦三右エ門大関1932年1月~1938年12月死去就任当時横綱空位1932年10月場所後に横綱昇進
2代双葉山定次横綱1938年12月~1945年11月引退
3代羽黒山政司横綱1945年11月~1953年9月引退
4代東富士欽壹横綱1953年9月~1954年9月引退
5代千代の山雅信横綱1954年9月~1959年1月引退
6代栃錦清隆横綱1959年1月~1960年5月引退
7代若乃花幹士横綱1960年5月~1962年4月引退
8代大鵬幸喜横綱1962年4月~1971年5月引退
9代玉の海正洋横綱1971年5月~1971年10月死去
10代北の富士勝昭横綱1971年10月~1974年7月引退
11代輪島大士横綱1974年7月~1981年3月引退
12代北の湖敏満横綱1981年3月~1985年1月引退
13代千代の富士貢横綱1985年1月~1991年5月引退
14代北勝海信芳横綱1991年5月~1992年4月引退
15代小錦八十吉大関1992年4月~1993年2月新横綱誕生横綱空位期間
16代曙太郎横綱1993年2月~2001年1月引退
17代貴乃花光司横綱2001年1月~2003年1月引退
18代武蔵丸光洋横綱2003年1月~2003年11月引退
19代朝青龍明徳横綱2003年11月~2010年1月引退
20代白鵬翔横綱2010年1月~当代

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