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内藤繁春とは?
内藤 繁春(ないとう しげはる、1931年1月12日 - )は、国営競馬、日本中央競馬会に所属した騎手、調教師。
騎手時代は宝塚記念連覇などの実績を残し、調教師転身以降は1979年菊花賞優勝馬ハシハーミット、1991年有馬記念優勝馬ダイユウサクなど、数々の活躍馬を管理した。
管理馬通算出走11201回は中央競馬の史上最多記録である。
また、調教師として定年引退間際の2000年に騎手復帰を試みたことで話題を集めた。
実兄・内藤博司は東海地方で飲食店をチェーン展開する株式会社だるまの創業者。
同社会長で馬主の内藤耕造は甥である。目次
1 経歴
├1.1 少年期
├1.2 騎手時代
├1.3 調教師時代
└1.3.1 69歳での騎手免許試験受験 - 引退
2 通算成績
├2.1 騎手成績
├2.1.1 主な騎乗馬
├2.2 調教師成績
└2.2.1 主な管理馬
3 主な厩舎所属者
4 関連項目
5 脚注
6 参考文献
1931年、愛知県碧海郡高浜町(現・高浜市)に生まれる。
実家は名古屋コーチンを生産する養鶏場であった[1]。太平洋戦争を経て、戦後は定時制高校に通いながら鉄工所、次いで瓦の製造会社に就職したが、工場内で排出される煤煙で肺を病み休職を余儀なくされ、高校も中退した[2]。
休養中、高校時代の友人と地方公営・岡崎競馬場を訪れたことをきっかけに騎手を志す[3]。
この希望は父親から猛反対を受けたが、兄・博司の取りなしにより許可を得、また博司の知人を通じて名古屋競馬場の騎手兼調教師・光岡直三郎を紹介された[4]。
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