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内藤繁春とは?
ウィキペディア目次へ内藤 繁春(ないとう しげはる、1931年1月12日 - )は元騎手、元調教師(中央競馬・栗東トレーニングセンター所属)。愛知県出身。目次
1 経歴
2 成績
└2.1 記録年表
3 関連項目
経歴
1950年に中山の鈴木信太郎厩舎所属の騎手見習としてデビュー。1952年に騎手となる。
初騎乗は1952年9月14日のスターランド(7着)。
初勝利は1955年2月20日にリンコンで挙げた。
その後1954年に千倉政雄厩舎、1956年に久保道雄厩舎、1958年に日迫清厩舎、1960年に義兄の鈴木和雄厩舎に移籍。1966年、1967年の宝塚記念を連覇する等の活躍をした。
1968年に義兄の鈴木和雄調教師が急死したため、騎手として現役がまだまだ続けられる状況だったが調教師に転身。
この時、関東から関西に移る。
1970年に京都牝馬特別をクニノハナで制し重賞初勝利。1979年にはハシハーミットで菊花賞優勝。
話題になったのは1991年の有馬記念のダイユウサクである。
15頭立ての14番人気で出走し,最後の直線で大本命だったメジロマックイーンを差しきり、さらに従来のレコードを一気に1秒1も縮めるレコード勝ちを見せて、世紀の番狂わせを演じた。
調教師の定年が70歳であったが、騎手には現在の所定年が定められていない。
そこで2000年には69歳ながら千葉県白井市の競馬学校で行われた新規騎手試験を受験した。
若くして転身した騎手にもう一度復帰しようという試みは様々な方面から応援の声を受けた。
だが1次試験の学科試験に手こずり、走路試験、障害試験でも馬を止められなかったり指定されたコースを回れない等、約30年振りの騎手再挑戦は厳しいものであった。
結局、騎手の試験には不合格となり、調教師を引退した。
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