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八木城 (但馬国)とは?
攻城軍は総攻撃を開始し、八木城へ攻め登ってくると寄せ手と死闘を繰り返した。
谷は真っ赤な血で染まり、谷川の水にとけ、この地域の人はこの時から「血の谷」と呼ぶようになった。
また隣の谷には弓矢の応酬があり「フルヤガ谷」(降る矢が谷)と呼ばれている。
またこの戦いの最中、八木城の姫が琴弾峠に逃れていき、そこから八木城を眺めると炎で燃えていた。
絶望した姫は琴弾峠の頂上近くにある池に身を投げて命を絶った。
数日後、黒髪と着物の袖が浮かんできたことから、この池を「袖が池」と呼ばれている、という逸話がある。
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八木城周辺地図/国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
八木城は平安時代末期からある城であるが、現在の遺構は戦国時代末期から安土桃山時代に大きく改修された。
但馬国の戦国時代の城郭には「竪掘」や「竪掘群」が見受けられるが、八木城には存在が確認されていない。
同地域は比較的平穏で「竪掘」までの防御施設は必要なかった可能性を『ひょうごの城紀行』では指摘している。
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