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八木城 (但馬国)とは?
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八木石城から八木川方向を撮影
八木には子字名「殿屋敷」という場所があり、1989年(平成元年)に一部発掘調査が行われた。
それによると12世紀から14世紀の初頭にかけての中国製の青磁や鉢や土器が多数出土した。
更に幅5.2m、深さ2.3m、長さ35mの掘削された堀跡が検出された。
全貌は明らかになっていないが、殿屋敷、居館の防備施設だと思われている。
15世紀の遺物が発見されていないことから、『史跡八木城跡』では「戦国時代の殿屋敷がここではない可能性も高くなる」としている。
戦国時代の居館跡は「永照寺と柳谷寺の付近に別所吉治の舘があると理想的」としている。
その理由として近世城郭によく見られる八木石城の直登城ルートがあり、また城下町の中心に位置し、城下町の整備が居館を中心に進められていたと推定している。
八木城にはいくつかの支城があったと推定されている。
八木城の支城
| 城名 | 尾崎天王山城 | 片岡城 | 白岩城 | 葛畑城 |
|---|
| 所在地 | 養父市尾崎 | 養父市関宮 | 養父市吉井 | 養父市葛畑 |
|---|
| 主な城主 | 不明 | 片岡氏 | 白岩氏 | 西谷氏 |
|---|
一時期、養父市のほぼ半分程度が八木氏の勢力範囲の時もあったと考えられている。
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