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ステンレス鋼とは?
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18世紀に英国がインドを植民地化すると古代からのインドの鉄鋼技術に関心が高まり、特に旧デリーのイスラム寺院の庭に立つデリーの鉄柱の驚異的な耐候性とウーツ鋼に興味が集中した。
ドイツ系イギリス人の時計職人、ハンツマン(Benjamin Huntsman、1704-1776)は金属バネの品質の不満から自ら良質の鋼の開発を始め、1740年に新型溶解炉や燃料用コークス、耐火ルツボ、ガラス粉末の使用などを新たな技術を開発して「ルツボ鋳鋼法」を作り出した。
これにより鋼は英国でも量産出来るようになったが、まだダマスカス鋼には劣っていた。
ロンドンの刃物師、ストダート(James Stodart、1760-1823)は正確な焼戻しによってウーツ鋼の硬度をさらに高め、英国製造の鋼よりウーツ鋼を輸入すべきであると提案した。東インド会社はインドのウーツ鋼を英国へ輸入し、ストダート自身も英国のルツボ鋳鋼技術の向上に取り組んだがウーツ鋼を越える製品は得られなかった。
この頃、フランスのヴォークラン(Louis Nicolas Vauquelin、1763-1829)は当時「シベリアの赤い鉛」と呼ばれていた鉱物から新種の灰色の金属を発見し、論文『シベリアの赤い鉛とそれに含まれている新しい金属の研究』を発表し、クロム(Chrôme)と命名した。
後年、電磁気学の父として有名なファラデー(Michael Faraday、1791-1867)は、分析化学者として有名になりつつあった1815年からは、英国王立研究所で英国国内でウーツ鋼を製造する技術を研究していた。
ウーツ鋼からは微量のシリカとアルミナが検出され、1819年4月にウーツ鋼から作られたダマスカス剣の紋様は土類成分によって生じるとする論文『ウーツ、すなわちインド鋼の分析』を発表した。
国産鋳鋼に微量のシリカとアルミナを添加したが、ウーツ鋼にはならなかった。
1819年夏には成分分析を委託されていた製鉄所に近い銅精錬所で銅が金や銀との合金となることで硬度が増すことを知り、鋼にも応用できないかと考えた。
ファラデーは研究所でストダートと共に、1770℃以上まで加熱できるようにルツボを改良し、白金も含めた貴金属類を鋼と合金にする研究を始めた。ニッケル、銀、白金、ロジウム、銅、錫との合金を次々に生み出しては性状・特性を測定し、1820年に連名で『改良の目的で行った鋼合金の実験』を発表した。
地元英国はもとより、特にフランスで大きな反響があった。
その後も鋼と貴金属との合金の研究を続け、鋼銀合金がウーツ鋼を越える硬度の金属として量産が始まった。
その後、1820年代にファラデーは研究の舞台を物理学に移していった。
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