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サード_(企業)とは?
全日本ツーリングカー選手権(グループA)にトヨタ・スープラで参戦する。1986年(昭和61年)シーズンよりMC73以来のオリジナルマシン、サード・MC86X/トヨタで、全日本耐久選手権(後のJSPC)に参戦開始する。
1990年(平成2年)からは「トヨタ・チーム・サード」としてトヨタのワークスチーム待遇となり、トヨタ・90C-Vで15年ぶりにル・マン24時間レース参戦を再開。
94C-Vで参戦した1994年(平成6年)には、2位に入賞している。
なお、ワークスチーム待遇を得るための条件であった『トヨタの看板を背負うに相応しいドライバーとの契約』をクリアする為に呼ばれたのが、1994年サンマリノGP予選で事故死したローランド・ラッツェンバーガーである。
1994年(平成6年)からはスープラで全日本GT選手権へ参戦。1995年(平成7年)、1996年(平成8年)にはスープラ LM-GTでル・マンに参戦している。
また1995年(平成7年)にはトヨタ・MR2をベースとしたオリジナルマシンサード・MC8-Rを開発し、同年と翌1996年(平成8年)にはMC8Rでル・マンへ参戦した。
他にも、2006年(平成18年)の十勝24時間レースでレクサス・GS450hを走らせたりしている。2007年(平成19年)には、前年に走らせたレクサスの機構を応用し、2006年(平成18年)にSUPER GTで走らせていたスープラをベースとしたハイブリッド車で参戦し、大きなトラブルもなく見事に総合優勝を果たした。
社名は集積記号の"Σ(シグマ)"が由来となっており、SARDは「Sigma Automotive Research&Development」の頭文字からとっている。
1990年(平成2年)、トヨタ・90C-Vで15年ぶりにル・マン参戦を果たしたがリタイヤに終わった。
翌年は参戦を休止、1992年(平成4年)は92C-Vで参戦し9位で完走。
翌1993年(平成5年)は総合5位、カテゴリー2クラス優勝を飾る。
グループC時代が終焉し、プライベーターのみの参戦となった1994年(平成6年)はLMP1クラスに94C-Vで参戦。
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