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キミ・ライコネンとは?




この年、特筆されるレースは第11戦フランスグランプリで、残り6周首位走行中に、前を走る周回遅れのアラン・マクニッシュの車から出たオイルによりスリップした隙にミハエル・シューマッハオーバーテイクされ2位に終わったが、初優勝が期待されたレースとなった。

2003年

マクラーレンの新車開発の遅れにより、前年型『MP4-17』の改良型である『MP4-17D』で臨んだ。
第2戦マレーシアグランプリで初優勝を飾ったのち、第9戦ヨーロッパグランプリで自身初のポールポジションを獲得、第15戦アメリカグランプリでも2回目のポールポジションを記録するなど頭角を現し、優勝こそ1回のみであったが、安定してポイントを積み上げたことで、当時ドライバーズタイトル3連覇中のミハエル・シューマッハと最終戦までタイトル争いを演じた。
最終的に2点差で敗れはしたものの、ドライバーズポイントランキングで2位を獲得した。

2004年

開幕戦から新車『MP4-19』を投入するものの、車は絶対的な競争力に乏しく、信頼性も欠けていた。
度々マシントラブルに見舞われ、7戦を消化した時点で4回のリタイアを喫し、第4戦サンマリノグランプリでの8位入賞による1ポイントしか獲得できなかった。
第8戦カナダグランプリでは決勝レースで5回ものピットストップをしながらも5位入賞を果たし[2]第9戦アメリカグランプリでも6位入賞し、シーズン中盤になって復調の兆しを見せた。
第10戦フランスグランプリでマクラーレンが改良車『MP4-19B』を投入すると、続く第11戦イギリスグランプリ予選でシーズン初のポールポジションを獲得し、決勝では同年初の表彰台となる2位を獲得した。
その後第13戦ベルギーグランプリでシーズン初優勝を飾った。
この年はF1以外のレース活動として、マネージャーのスティーブ・ロバートソンとともにライコネン・ロバートソン・レーシング(ダブルRレーシング)を設立し、チームは翌年からのイギリスF3選手権参戦を発表している。
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