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キミ・ライコネンとは?




チームはマニュファクチャラーチームとしてエントリーを行った。
ただし全戦には参戦せず、ヨーロッパで開催のラリーに絞り9戦のみの参戦となった。
ラリーカーはシトロエンC4 WRCに代わり今年から使われることになったシトロエンDS3 WRCをワークスより借り受け使用した[11]
コドライバーは引き続きカイ・リンドストロームが務めた。
第1戦ラリー・スウェーデンは8位でポイントを獲得しさい先の良いスタートを切った。
第2戦ラリー・メキシコは不参加。
第4戦ヨルダンは最後から2つめのSSでタイムを失ってしまい5位は逃したものの6位に入賞した。
続くラリー・イタリア・サルディニアラリー・アルゼンチンの2戦は不参加。
第7戦アクロポリスからの3戦に参加し全てでポイントを獲得した。オーストラリアは不参加だったが、その為にヨーロッパ外の2戦参加義務を果たせず、チーム自体は失格処分となった(なお、キミ・ライコネンとカイ・リンドスロロームは引き続き参戦可能だが、マニファクチャラーズ・ポイントの取得は不可能である)。
残りの3戦は参加したものの、すべてリタイアとなってしまった。
NASCARに出走

2011年にはWRC出走と並行してNASCARへスポット参戦を行った。
NASCARキャンピング・ワールド・トラック・シリーズに ⇒『Kyle Busch Motorsports』から1戦のみ参戦した。
マシンはトヨタ タンドラ
第7戦シャーロット・モーター・スピードウェイがデビューレースとなった。
予選は31位で通過。
決勝はコーションが10回もでる荒れたレースとなったが15位で完走した。
ネイションワイド・シリーズにも1戦のみ参加した。
キャンピング・ワールド・トラック・シリーズに参戦した1週間後に同サーキットで行われた第13戦にKyle Busch Motorsportsが用意した⇒『NEMCO Motorsports』のトヨタ カムリで出場。
予選22位、決勝は一時15位まで順位を上げたもののドライブスルーペナルティやデブリ除去の為のピットストップなどのトラブルのため順位を下げ27位となった。
2011年8月にはプジョー908のテストを行い、初めてプロトタイプカーでの走行を行った[12]ル・マン24時間レースや耐久シリーズへの参戦も噂されたが、実現しなかった。
F1に復帰

2010年10月ごろには、ロータス・ルノーGPから接触があったことから2011年シーズンより同チームから復帰するとみられたが、ロータス・ルノーGP側からの一方的なアプローチだったことなどから[13]、同チームで真剣に出走を検討できないとライコネンは復帰を否定していた[14]
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