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カバネとは?
ウィキペディア目次へ姓(カバネ)とは、古代日本のヤマト王権において、大王(おおきみ)から有力な氏族に与えられた、王権との関係・地位を示す称号である。
以下、特別の補足がない限り「氏」は「うじ」、「姓」は「かばね」と読む。目次
1 起源
2 原始的カバネ
3 カバネの制度化
4 カバネの変化
5 脚注
6 参照文献
7 関連項目
その発祥の経緯は明確ではない。
ヤマト王権が成熟し、大王家を中心として有力氏族の職掌や立場が次第に確定していく中で、各有力者の職掌や地位を明示するために付与されたと考えられている。
カバネには有力豪族により世襲される称号としていわゆる爵位としての性格と、職掌の伴う官職としての性格の二つの側面があるとされ、古代、ヤマト王権の統治形態を形成する上で重要な役割を果たしてたきた[1]。
カバネの語源は必ずしも明確ではないが、以下のような説が存在している。- 株根(かぶね)、株名(かぶな)などで血筋や家系を意味する語より。
- 崇名(あがめな)より変化したもの。
- 新羅の類似した制度「骨品制」より家系を表す骨を「かばね」と読んだもの。
「原始的カバネ」とはヤマト王権が成立する以前から在地の首長や団体名に使われたと思われる名称である。[2] 代表的な原始的カバネとしては「ヒコ(彦、比古、日子)、「ヒメ(比売、日女、媛)」、「ネ(根、禰)」、「ミミおよびミ(耳、見、美)」、「タマ(玉、多模)」、「ヌシ(主)」、「モリ(守)」、「トベ(戸部、戸畔)などがある。
これらの原始的カバネは名称の語尾に付くもので、今日でも「ヒコ」や「ミ」など人名の語尾によく使われているものもある。
ヤマト王権が確立するとカバネが制度化され、王権との関係・地位を示す称号となる。
最初にカバネを制度化したのは成務天皇と伝えられ、国造(くにのみやつこ)、県主(あがたのぬし)、ワケ(和気、別)、稲置(いなぎ)などが定められた。允恭天皇の時代には臣連制が導入され、公・君(きみ)、臣(おみ)、連(むらじ)、直(あたい)、首(おびと)、史(ふひと)、村主(すぐり)などが定められた。
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