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エドセルとは?


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1 概要
1.1 新ブランド
1.2 大キャンペーン
1.3 失敗と消滅
1.4 「歴史に残る大失敗」
2 参考
3 関連項目
4 外部リンク

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概要
新ブランド

大衆車ブランドのフォード(⇒『w:Full-size Ford』)と高級車ブランドにあたるリンカーンの中間を占めるマーキュリーの下位に位置する中級車という位置付けとされ、同様の位置づけのもと好調な販売を続けていたゼネラル・モーターズポンティアックオールズモビルなどに対抗して、フォードの車種の多様化を行うという目的のもとにフォード・モーター内で一から立ち上げられたブランドである。
ブランド名の由来は、フォードの創設者のヘンリー・フォードの息子のエドセル・フォードにちなんだもの。
エドセルは二代目社長となりフォードの経営建て直しを進めたが、B-24爆撃機工場の建設がストレスとなって1943年に死去している。
エドセル販売時の社長ヘンリー・フォード2世は、エドセル・フォードの長男に当たる。
大キャンペーン

エドセルは、フォードで開発された共通のプラットフォームは使うものの、デザインに変更を加えて別ブランドで売るという、フォードがこれまでに行い一定の成功を収めてきた手法を取り入れ、綿密なマーケティング計画を元にフォードの社運をかけて開発された。
当時の最新メディアであるTVを使った大々的な広告キャンペーンとともに1958年モデルとして1957年9月に「ペーサー」、「レンジャー」、「サイティーション」、「コルセア」の4モデルの発売が開始された。
失敗と消滅

しかし馬蹄形の奇異なフロントグリルデザインは「オールズモビルがレモンを噛んだような顔」、「まるで女性器のよう」と揶揄され、消費者には受け入れられなかった。
さらに1957年暮れから1958年にかけての一時的な景気低迷の影響を受けて、発売直後より販売台数が低迷した。
またフォードの上、マーキュリーの下に位置していたにもかかわらず価格設定があいまいで、マーキュリーと殆ど変わらぬ価格であった点も問題だったとされる。
1959年型は、発売後わずか1年しかたっていないにもかかわらず大幅にデザインが変更された。
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